必要保有水平耐力

前章の内容から、地震を「エネルギー」としてとらえた場合、私たちが構造計算で扱う「地震力」とは、地震のエネルギーの一つのあらわれ方に過ぎない、あるいは、「エネルギー」と「地震力」は一対一に対応しているわけではない、というようなことが何となく分かってきました。
しかしその一方、私たちが構造計算で扱うのはもっぱら「力」です。XX ジュールの地震に対して建物を安全に設計せよ、と言われているわけではありません。 注)
そういう意味では、「保有水平耐力計算」とは、エネルギーという「なんだかよく分からないもの」を「多少なりとも形のあるもの」に翻訳しようとする試みである、と言えるかもしれません。

注)
「ジュール」はエネルギーの単位。なお、2005 年に施行された「エネルギー法」という耐震設計法は、その名のとおり、「エネルギー」をそのまま設計の指標とする考え方であるが、実際の設計に使用されたという例はあまり聞かない。

一次設計は、建物の1階の層せん断力が 0.2G 相当(以下、「一次設計用地震力」)になる状態を設計のターゲットとするものです。これに対し、二次設計では、そのターゲットは 1G 相当(以下、「二次設計用地震力」)になります。
一次設計の目的は、その状態に対してヒンジが生じることなく、建物が弾性範囲にあるように設計することにありますから、力と距離の関係は直線になります。したがって、この間に建物が受け取ったエネルギーは下図の三角形 0 - A' - B' の面積です。

では、二次設計時に建物が受け取るエネルギーはどれくらいなのか?
それを推定するいちばん手っ取り早い方法は、「もし、このグラフがこのまま真っ直ぐ進んで、力が二次設計の地震力に達したなら・・・」と考えることです。これは「二次設計の地震力に対して弾性設計(一次設計)を行った」状態に相当します。
上の図では、一次設計の地震力を F1、二次設計の地震力を F2 であらわしましたが、これで分かるように、二次設計時のエネルギーとは、グラフが F2 まで進んだ時にできる三角形 0 - A - B の面積です(ちなみに、F2 は F1 の 5 倍なので、三角形 0 - A' - B' の面積は 0 - A - B の面積の 25 倍になる)。

さきほど申し上げたとおり、二次設計時のエネルギーに対して建物を安全にしておく最も簡単な方法は、その地震力( F2 ) に対して建物を弾性範囲におさめることです。「免震」「制震」といわれるような建築物はこの考え方を採用しています。
しかし、「耐震」という立場をとる場合、これはあまり現実的とは言えません。

通常の耐震設計では、一次設計の地震力に対して弾性範囲内におさめる、という立場をとりますので、一次設計時の地震力( F1 )を過ぎるとヒンジが発生し、建物の剛性が落ちるにつれてグラフは横に倒れてくる。そして、やがて建物の最大耐力(保有水平耐力)に達し、このグラフが水平に近くなるが、しかし、これですぐに建物が壊れるのかというと、そういうわけでもなく、変形に追従できる分だけ横に進み、ついにそれ以上の変形に追従できなくなった時点で壊れる注)
・・・この様子をあらわしたのが下の図です。

注)
「建物が壊れる」とはどういう状態のことか、というのは結構難しい問題なのかもしれません。とりあえず、「建物を構成する個々の部材のうちの 1 つでも壊れた(破壊した)なら、その時点をもって建物が壊れたとみなす」ということでいいのではないかと私は考えるのですが、これについては次章で述べます。

上の図で何をいいたいのか、というのはすでにご推察のとおりです。
この 0 - A' - C - D で囲まれる面積(塗りつぶし部分)が、三角形 0 - A - B の面積(つまり二次設計時に建物が受けるエネルギー)と同じ、あるいはそれ以上になれば、この建物は安全なのです。
このような考え方を エネルギー一定則 と呼びます。
この図から分かるとおり、グラフが A' を過ぎてだんだん横になりながら、それでも変形に追従して C 点まで到達する、この「ずるずると横に伸びていく」ことにより、グラフが囲む面積は確実に増えています。つまり、この過程で建物は「仕事」をし、地震のエネルギーを消費しているのです。

0 - A' - C - D の面積を建物の「エネルギー吸収能力」と言ったりしますが、これを決定するファクターは 2 つあります。保有水平耐力(上図の F3 の値)と変形能力(上図の x3 の値、つまり「どこまで変形に追従できるか」)です。
したがって、これを評価する方法も 2 つあることになります。
一つは「建物の保有水平耐力が既知である場合、それに必要な変形能力を規定する」であり、もう一つは「建物の変形能力が既知である場合、それに必要な保有水平耐力を規定する」です。
で、「保有水平耐力計算」は後者を採用しました。だから必要保有水平耐力というのです。

ここでもちいられている記号によれば、必要保有水平耐力 Qun は以下の計算式であらわされます。注)

Qun = Ds・Qud

注)
本来は、ここに Fes (形状係数)という値も入ってくるのですが、これについては 後から 話します。

この Qud は二次設計の地震力で、さきほどの図の F2 に相当します。さらに、この図において、0 - A' - C - D の面積と 0 - A - B の面積がぴったり一致しているのであれば、この図の F3 が Qun に相当します。この時のDs (構造特性係数)は F3 / F2 です。
つまり、この式が言わんとしているのは、こういうことです。

建物が変形に追従する能力が高ければ高いほど Ds を小さくすることができる。
そして、その結果、保有水平耐力の目標水準(必要保有水平耐力)を下げてもよい、という「特典」がもたらされる。

そうなると、次は当然、建物の変形能力、つまり「どこまでの変形に追従できるのか」の見極め、という話になります。そして、じつはこれこそが「保有水平耐力計算」の「かなめ」なのです。