形状係数

必要保有水平耐力をもとめるパラーメータとして、前述の構造特性係数 ( Ds ) の他に、形状係数 ( Fes ) と呼ばれるものがあります。
この項を入れると、結局、必要保有水平耐力 Qun は下のようにあらわされます。

Qun = Ds ・ Fes ・ Qd

構造特性係数とは、建物が保有水平耐力に達した時に、「にもかかわらず部材は壊れない」という状態を担保するものでしたが、基本的には形状係数も同じです。
ただし、構造特性係数は必ず 1 よりも小さくなるのに対し、形状係数は必ず 1 以上になります。
構造特性係数が「必要保有水平耐力の値を押し下げる」という「特典」をもたらすのに対し、形状係数は「必要保有水平耐力の値を押し上げる」という「ペナルティー」の役目を担っているからです。

この値は、建物の立面的な剛性の偏在をあらわす指標である「剛性率」をパラメータとするものと、平面的な剛性の偏在をあらわす指標である「偏心率」をパラメータとするものの積であらわされます。
ある階の水平剛性が、他の階を含んだ建物全体の平均的な値よりも著しく低い場合、強震時にその階に局部的に大きな変形が生じて部材が早期に壊れる可能性がある・・・この危険度をあらわす指標が「剛性率」です。
つまり、剛性率から定められる形状係数とは、そのような状態を避けるために、その階全体の耐力をあらかじめ大きくしておこう、という発想にもとづいています。

「剛性率」が建物の立面的な剛性の偏在をあらわすのに対し、「偏心率」は、ある階における平面的な剛性の偏在をあらわします。
下図にしめすように、ある階の重心と剛心が一致しない場合、その階にはたんに水平力が作用するだけでなく、剛心を中心とした回転モーメントが作用することになります。

そして、この回転モーメントにより、剛心から遠い側にある部材に局部的に大きな変形が生じることがあります。
これを防ぐには、そのような(剛心から遠い側にある)個々の部材について高いエネルギー吸収能力をもたせるように設計すればいいわけですが、しかし、それはあまりに煩雑すぎる。ならば、「その階全体の耐力を上げてしまえ」というのが「偏心率にもとづく形状係数」の考え方です。

ところで、コンピュータの高性能化により、現在では、「三次元モデルによる増分解析」というものがごく当たり前に行えるようになりました。
三次元モデルであれば、「床が回転し、剛心から遠い側に大きな変形が生じる」という現象はあらかじめ織り込まれています。だから、そのようなモデルを使うのであれば、必要保有水平耐力の計算にあらためて「偏心による形状係数」を考慮する必要はないのではないか、と考えたくなります。
たしかに、理屈から言えばその通りです。
が、その一方、そういう考え方に対してどこからも文句が出ないかというと、保証の限りではありません。

そもそも、「保有水平耐力計算」が制定された当時は、「三次元モデルの増分解析によって保有水平耐力をもとめる」などという事態はまったく想定していませんでした。そのため、ここでは、「偏心による床の回転を考慮して保有水平耐力をもとめることは困難なので、それを無視した保有水平耐力に対し、偏心の影響を後から別の形で考慮することにしましょう」と決めたのです。
そういう意味では、「保有水平耐力計算」の本来の理念にもとづけば、

たとえ三次元モデルの増分解析を使う場合でも、床の回転を無視した「並進モデル」を採用し、その後、決められたとおりの形状係数を使って必要保有水平耐力をもとめる

というのが、「正しいやり方」と言えるでしょう。