二つの許容曲げ応力度 - 3 -

横座屈という現象は梁に作用する曲げモーメントによって起きるが、もう少し正確にいうと、曲げモーメントによって断面内に生じる圧縮応力度を原因としている。そういう意味では、純圧縮力を原因として材が曲がってしまう「座屈 ( = 圧縮座屈 ) 」と原理的には同じものと考えて差支えないだろう。
しかし、旧規準における「座屈を考慮した許容圧縮応力度」と「横座屈を考慮した許容曲げ応力度」の式の間には明白な矛盾があるのだ。

ご存知の通り、座屈に対する安全率としては、長い間 2.17 という値――この中途半端な数字の意味については別のところでふれた――がとられてきたが、前々項で述べたように、横座屈の場合の安全率は 1.5 になっている。
これは、規準を作る側がうっかりした訳ではない。加藤勉著「建築構造学体系 18 鉄骨構造」( 1971年 彰国社 ) によれば、このあたりの事情は以下のように説明されている。

ここでとられている公称安全率 1.5 は圧縮材に対する安全率より低いようにみえるが、上に見たように公式の誘導に対して一方の項を省略しているし、また諸係数の評価においても安全側の値を採っているので、実質的には 2 に近い安全率を持つ場合が多い。

つまり、本来は「曲げ捩りに対する抵抗力」と「サン・ブナン捩りに対する抵抗力」の和をとるべきところで一方を切り捨てているのだから、その時点ですでに一定の安全率が確保されている。だから明示的な安全率は 1.5 だが、実質的には 2 くらいの安全率になっているはず、という主旨である。
もともと許容応力度設計における安全率というのは理論的に説明できるものではなく、そこに「厳密さ」を求めても仕方がないのだが、それにしても、「おおよそ 2 くらいの安全率」という考え方も何となく居心地が悪い。
その「居心地の悪さ」を解消したのが新規準なのだった。
ここでは、「座屈を考慮した許容圧縮応力度」と「横座屈を考慮した許容曲げ応力度」が一貫した考え方のもとに説明されている。

そこで最後に、旧規準式と新規準式で実際にどれくらい計算結果が違うのかを見ておくことにしよう。
とはいえ、これらの値は部材の断面形状や設計曲げモーメント勾配によっても異なるので一概にいうのは難しい。
ここでは、ごく一般的に使われている H-300x150x6.5x9 という断面について、モーメント勾配を考慮しない ( C = 1.0 ) という仮定のもとに計算を試みた。
下図にあるのは、横軸上に補剛間の距離 lb をとり、その値を変えながら許容曲げ応力度 fb を計算し、それを縦軸上にプロットしたものである。



旧規準の式を見ていただければ分かるように、式A の値をここにプロットすると「上に凸」、式B の値は「下に凸」の曲線になるはずだが、上図にあるように、この範囲ではすべて 式B の値 ( サン・ブナン捩り ) がとられている。
結果の比較は一目瞭然で、すべての領域で旧規準の値が新規準を上回っている。
たとえば lb が 2000 の時の旧規準の fb の値 156 に対して新規準では 132、lb が 3000 の時は 133 に対して 109 だから、このあたりでは約 20% ほどの違いがあることになる。
ところでこの場合、新規準にある「弾性限界」は lb が 5000 と 6000 の間くらいにあるので、このグラフ内のほぼすべての領域は「非弾性」である。それらのことを考えあわせると、結局、ここにある二つの値の違いは以下の要因にまとめることができる。

● 旧規準式では非弾性域に対して弾性域を前提とした式が使われている
● 旧規準式では安全率を一律に 1.5 にしている

注 )
なお、これはあくまでも、モーメントの勾配を無視した場合 ( = 安全側の仮定 ) である。
それを考慮した場合には両者の値はかなり近似するようなのだが、これについては新規準の解説に書かれている ( P.50 - 52 ) ので参照していただきたい。

――誤解されると困るが、ここから「旧規準式は危険である」という結論を導こうとしているわけではない。そもそも、許容応力度という値に「正解」は存在しないのだ。
たしかに、新規準式の方が理論的に一貫していて「安心」であることは間違いないが、それに対する旧規準の式の方には、かれこれ半世紀以上も使われ続けて特段の問題もなかったという別種の「安心」がある。その事実が旧規準式に大きな説得力を与えている。
しかし、とはいえ、旧規準式があくまでも「手計算を前提とした簡便法」であることを忘れてはならないだろう。
少なくとも、コンピュータを使って簡便法で計算する積極的な理由は何もないはずである。
それはちょうど、コンピュータプログラムを使いながら、「昔からそうやっている」という理由で、あえて固定モーメント法や D 値法で応力を求めるようとすることに似ている。違うだろうか?

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( 文責 : 野家牧雄 )