震度 7 でも大丈夫なのか? ( 2 )

前項で紹介したように、1950 年の基準法の施行以来行われていた耐震設計法は「建物の自重の 20% に相当する地震力に対して許容応力度計算を行う」というものでしたが、新耐震設計法ではこれを「建物の耐用年数 ( 約 50年 ) 内に最低一度は遭遇する地震に対して建物が損傷しないことを確認する作業」と位置づけ、「一次設計」と呼ぶことにしました。
さらに前項で紹介したように、そのような設計をしておけば「暗黙の安全率」が確保されてより大きな地震にも耐えられる、というのが従来の設計法の立場でしたが、新耐震設計法では、その「暗黙の安全率」に対してもきちんとした説明を加えることにしました。
これが「二次設計」で、こちらは「 500 年に一度くらいの大地震に見舞われても建物が倒壊しないことを確認する作業」とされました。
ただし急いで補足しておきますと、二次設計を行わなければならないのは高層の建物だけで、その他の建物は一次設計、つまり従来通りの設計法でよいとされています。また、高層の建物であっても、一次設計を省略して二次設計のみを行うことは許されていません。

つまり新耐震設計法においても、「建物の自重の 20% に相当する地震力に対して許容応力度計算を行い、それによって暗黙の安全率を確保する」という従来からの基本的な枠組みはそのまま継承されているのです。
新設された二次設計とは、その「暗黙の安全率」について「念のために確認し、不備があれば修正する」という作業になります。それがなぜ高層の建物に限り義務づけられたのかというと、いうまでもなく、高層の建物の倒壊は周辺に及ぼす影響が大きいからでしょう。

よく、「新耐震以前の建物は耐震性能が低いので危険である」というような報道がなされますが、耐震設計の大きな枠組みはそのまま引き継がれたのですから、これを契機として耐震性能が飛躍的に向上したと考えるのは事実に反しています。いくつかのディテールを付け加えることにより、その枠組みを「補強」しただけなのです。
それはともかくとして、新耐震設計法によって耐震設計に関するボキャブラリが増えたのは構造設計者にとって大いに歓迎すべきことです。ただし、「 50 年に数回遭遇する地震」「 500 年に一度くらい遭遇するかもしれない地震」ではまだ説得力に欠けるかもしれません。そこで次に、これを気象庁の「震度階」に対応させることを試みたのです。
阪神淡路大震災を受けて 1996 年に「計測震度」が導入され、同時に震度 5 と 6 に「強」「弱」の区分が設けられて現行の震度階が生まれたことはすでに紹介しました。
そしてその翌年に国から「建築物の構造規定」という新耐震設計法の解説本が刊行されたのですが、その 16〜17 ページあたりに設計地震力に関する説明が載っています。要約すると下のような内容です ( おそらくこのあたりが、前項で紹介した「建築基準法は震度 6 強で倒壊しないことを目標としている」という通説の根拠になっているのでしょう )。

ごく一般的な建物の場合、地震により建物に生じる加速度 ( 応答加速度 ) は入力された地動加速度の 2.5 から 3 倍になると考えられる。
だとすると、一次設計の地震力 ( = 建物の自重の 20% ) を生じさせる地動加速度は 80〜100gal 程度だが、これは気象庁の震度階の 5 強に相当する。
同様に、二次設計の地震力 ( = 建物の自重の 100% ) を生じさせる地動加速度は 300〜400gal 程度だが、これは気象庁の震度階の 6 強あるいは 7 注) に相当する。

注)
先に書いたように、震度 7 という階級は上限のない「青天井」ですから、ここにある震度 7 は「 6 強のレンジを若干超えたくらいの 7 」と考えておくべきでしょう。

さらにこれに続けて、「現行設計地震力の評価」という表題で以下のような記事が載っています。こちらはそのまま引用しておきましょう。

1995 年 1 月 17 日の兵庫県南部地震はわが国の地震観測史上最大級の地震動記録を残した地震であるが、これまでの被害調査によれば、昭和 56 年制定の耐震基準 ( 筆者注.新耐震設計法のこと ) によって設計された建築物は、ピロティ建築物等バランスの悪い建築物や設計施工の不備によるものを除くと、大破、倒壊といった大きな被害を受けていない。

ここにある「新しい耐震基準で設計された建物に被害が少なかった」という点については若干の異論――他に比べて供用年数が短いことが有利に働いたのではないか、というような――もあるようですが、それはともかく、この地震が後から「一部で震度 7 を記録していた」とされたのですから、震度 6 強、あるいはそれを少し上回る規模の震度 7 であれば「現行の耐震基準で十分カバーできる」というふうに考えてもおかしくはないかもしれません。そして実際、そのように考えたのです。

さて、ここで再び先ほどの「地動加速度と応答加速度」の話に戻りますが、読んでいただければ分かる通り、ここにある数字は相当に「アバウト」なものです。もちろん、そうならざるをえないような性格のことだからそうなるのですが、そのアバウトな話を「震度階」につなげる段になると、これはアバウトというよりも「強引」という感じがしなくもありません。
震度階とは地震がもたらす被害の大きさを指数で簡便に表わしたものですが、地震の被害の大きさは加速度だけで説明がつくものではありません。そのことは過去の記録によって私たちも十分知っています。
そのために「周期」「加速度」「継続時間」をパラメータとする「計測震度」という値がつくられたのです。ようするに、「震度 7 といっても実際はイロイロ」なのであり、しかも先に紹介したように、それがはたして適切な数値なのかについても議論があるところです。

前述の「建築物の構造規定」が出されたのは 1997 年ですが、その後継版に相当する「建築物の構造関係技術基準解説書」という本が 2001 年に出版され、さらにそれに続き、同じ表題の 2007 年版も出されています。
で、さきほど要約ないし引用したのと同じ箇所がこれらの後継版でどのようになっているか、を見ていくと面白いことが分かります。
加速度に関する記述は変わらないものの、震度階に関する部分はそっくり削除されているのです。
これはおそらく、「設計地震力を震度階で表わすことの分かりやすさ」と「それによって生じる無用の誤解」を秤にかけ、結果的に後者の方が重いと判断したことによるものでしょう ( 本当はどうだったのか、について私には知る由もありませんが )。
どう見ても、設計地震力を震度階と関連付けて語ることには無理があるのですが、では、設計地震力とは どういう地震 なのでしょうか?
これに関し、私が考えていることを最後に書かせてもらいます。

そもそも、「建物の自重の 20% の地震力」を何らかの実体をもつ「地震という現象」に関連付けて考えることが間違っているのです。したがって、それを「震度階」に対応させてみたところで何の意味も何の益もありません。
設計地震力とは地震の「実体」を表わしたものではなく、その実体にアプローチするための「とっかかり」、あるいは耐震設計という作業のために用意された「ツール」の一つに過ぎないのです。
地震の波形を見ていただければ分かるように、地震の加速度は慌ただしく大きさと向きを変えながら建物に作用します。
ですから、そこからある一瞬だけを切り出し、その時に作用している力を建物に静的に作用させてしまったら、それはその瞬間に、「地震という現象」から切り離された「別のもの」になっていると考えておくべきでしょう。

前項の繰返しになりますが、「建物の自重の 20% の地震力」という値は単独では何の意味ももちません。それは「許容応力度計算」とセットになった時点で初めて意味をもち、それが何らかの「耐震性能」をもたらすことになる。そしてその耐震性能が「かなり優秀なもの」であることを私たちは長年のデータの蓄積によって知っているのです。
もちろん個々の建物がおかれている状況は千差万別ですから、上の事実をもって、「だから基準法通りに設計しておけば安全である」などというつもりは毛頭ありません。断るまでもなく、「その先」のことは設計者が個々に判断しなければいけないのですが、それにしても、「過去のデータの蓄積」という財産が設計者にもたらす安心感は大きなものがあるはずです。

ただし、ここには大きな欠点があります。
これまた前項の繰返しになりますが、このような経験則は、人――もちろん「内輪」あるいは「専門家」は除く――に説明するのがとても難しいのです。どうしても、泥臭く、かつ「かっこ悪い」ものにならざるを得ない。
ここには「理屈にならない」部分が含まれているのだから仕方ないのですが、したがって、どうしても「理屈」を求められる場面では、いまのところ「動的解析」のような手段を使って裏付けをとるしか方法がないのかもしれません。

2000 年に鳴り物入りで登場した「限界耐力計算法」は、おそらく上のようなこと――耐震性能を「理論」と「数値」で「外」に向けて発信する――を狙ったものだったのでしょう。しかしご存知の通り、2005 年の耐震偽装事件、ならびに 2007 年の基準法の再改定を経ていく中で、こちらの「新耐震」はすっかり影が薄くなってしまいました。
やはりいまのところ、「理論的な裏付け」を要求される場面では「動的解析」にたよるしかないのでしょうか?
新耐震設計法の施行からすでに 30 年以上を経過した現在、耐震設計に関するさらに新しいボキャブラリが求められているような気がしてならないのですが。・・・

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( 文責 : 野家牧雄 )