柔剛論争の幕開け

それにしても、(前項の内容の続きになりますが)柔剛論争の背後に「ボロボロになったコンクリート」や「裸木のような鉄骨」「熱でグニャリと折れ曲がった鉄骨」があるのだとしたら、「そういうふうにならない工夫」というものをまず最初に考えそうな気がします。
私が言っているのは、たとえば「コンクリートの品質向上」だとか「耐火被覆」だとか「外装材の取り付け方の工夫」だとか、というような話です。実際、現在ではそのような工夫がかなりの程度実現しているわけですが、現実にはそうならず、いきなり「鉄筋コンクリートか鉄骨か」「剛か柔か」という話になって柔剛論争が始まったわけです。

これはおそらく、その当時は「都市機能の回復」ということが喫緊の課題で、とにもかくにも手持ちの技術で建設を急がざるを得なかったからなのでしょう。しかし、かと言って、今までのやり方をそのまま踏襲する愚をおかすことはできない。そこで震災の翌年、その 10 ヶ月後には「市街地建築物法」という法律(現在の建築基準法に相当する)がすみやかに改正され、ここに日本初の「耐震規定」が誕生することになったのです。
その内容は、佐野がかつて提唱した「震度法」にもとづくもので、具体的には、「震度を 0.1 として設計しなさい」となっていました。あらためて断るまでもなく、これは剛派の主張に全面的に沿ったものです。注)

注)
佐野は東京大学の教授であると同時に「帝都復興院建築局長」という肩書も持っていました。行政面でも大きな影響力・指導力を発揮したのです。

これに真っ先に異を唱えたのが、先に紹介した真島の論文「耐震家屋構造の選択に就て」(大正 13 年 4 月・土木学会誌)の後半部分です。ここではまず、「震度 0.1」という考え方をやり玉にあげています。べつにその値の大小を言っているのではありません。「地震の大きさを加速度によって定義する」ことそのものに疑問を呈しているのです。
まず、建物の固有周期(原文では「振期」)が地震波の固有周期と一致している時に建物は最も大きく揺すられる、という理論(現在いうところの「共振」ですが、当時は「共鳴」と呼ばれていた)を紹介した上で、

ことほど左様に、耐震設計において肝要なのは「建物の固有周期をいくらにするか」である。
なのに、「震度 0.1 で設計すればよい」では、その点がまったく顧慮されていないから、結果的に、完成した建物の固有周期はばらばらになってしまう。これでどうして「安全」と言えるのか?
(原文では、この設計法を「何処迄行ったらよいのやら霧中をぶらついている様なもの」と評している)

というような趣旨のことを書いています。注)

注)
ここで念のためにお断りしておきますが、本コラムで紹介している両派の主張は(とくに断りがない限り)論文の「引用」ではなく、その内容を私がかいつまんで「意訳」したものです。
これを読まれた方は、「オマエが面白おかしくオーバーな表現に直しているのだろう」と思うかもしれませんが、(原文を読んでいただければ分かる通り)しばしば、事情はその逆です。

もちろん、このことが直ちに「柔構造」という結論に結びつくわけではありません。
たんに共振を避けたいのであれば、前項で紹介したような、地震波の周期よりも建物の周期を短くする「剛構造」という選択もあるはずです。しかし、「それは危険である」と真島は言う。なぜなら、建物の固有周期は伸びることがあるからです。
ここではもっぱら鉄筋コンクリート造を取り上げているのですが、その要因の一つは、経年変化による材料の劣化(年を経るごとに大小の亀裂が生じ始める)です。
それからもう一つは、建物が大きく揺すられるごとに亀裂が拡大したり、あるいは接合部が弛んだりして柔らかくなってしまうこと。つまり、地震で揺すられているうちに建物の固有周期が伸びてしまうという事実です。

前項でも紹介したように、大地震の強い揺れの周期は約 1 秒程度であるとされています(この点に関する認識は「柔派」も「剛派」も一致している)。
ここで、剛性の勝った、たとえば周期 0.5 秒程度の構造物があったとします。たしかに、初期状態においてはこの建物は共振しません。しかし大きな揺れを経験するうちに、その周期が 1 秒に近づいて共振を起こす可能性がある。彼は、関東大地震において鉄筋コンクリート構造物が大きな被害を受けた一因としてこのことをあげています。注)

注)
関東大地震では、鉄筋コンクリート構造物の約 1 割が全壊または大破したとされています。これに対し、鉄骨構造物の方は、前項に述べた非構造材の落下とか火災によるものを除けば、地震によって骨組に致命的な損傷を受けた例は非常に少なかったのです。

ではどうするか、というところから「柔構造」のアイディアが生まれてきました。
大地震の固有周期が 1 秒前後であるのならば、最初から 1.5 秒とか 2 秒とかになるように建物を設計しておけばいいのです。なぜならば、建物の固有周期は伸びることはあっても縮むことは絶対にないから。