柔剛論争の顛末(てんまつ)

 はじめに

かつて日本の建築界に「柔剛論争」というものがあったことは、べつに建築構造の専門家でなくとも、建築関係の仕事をしておられるほとんどの方が知っているのではないでしょうか。なにしろ、「柔構造」「剛構造」という言葉は広辞苑にも載っているくらいです。
ただし、その論争の具体的な経緯についてはあまり知られていません。何となく知っているのは、その後の技術の発展によってもたらされた超高層建築や免震建築が「柔構造理論の正しさを証明した」ということくらいでしょうか。
しかし超高層建築にしても免震建築にしても、今のところ、それらは全体からみれば少数派の「特殊な建築物」に過ぎません。
街なかに建っている「ふつうの建物」に関していえば、建築構造技術者は、いまだに「耐震壁を厚くしてルート 1 で設計するか、あるいは壁にスリットを入れてルート 3 にするか」というようなことで悩んだりします。言うまでもなく、これは剛か柔かの選択です。
そういう意味においては、技術者の頭の中では「柔剛論争」はまだ続いているのです。

なぜ急にこんなことを言い出したのかというと、つい先日、南出孝一著「建築柔剛論争」(1990年・私家版)という本をたまたま古書店で入手し、読むことができたからなんです。
この本は、「剛派」と「柔派」(他に適当な呼び方がないのでこの言い方で通します)の二人による「架空の討論会」という体裁をとっています。両者の間には司会者がいて、第三者の非専門家という立場から初歩的な説明をもとめたりするのですが、その着想の素晴らしさもさることながら、とにかく面白い
そして面白いだけでなく、この本は私たちに、柔剛論争は「昔あった、すでに決着がついた話」ではないことを教えてくれるのです。
そういうわけで、私としては一人でも多くの方にこの本を勧めてまわりたいところなのですが、しかし残念ながら、市場に流通している本ではない(そもそも「値段」というものがない)ので、古書店か図書館で探すしかありません。
そこでこの場を借りて、この本の受け売りをしながら「柔剛論争」について復習してみることにしたわけです。

この論争の場は、主として「土木学会誌」「建築雑誌」という二つの機関誌になりますが注)、幸いなことに、これらの論文は現在インターネット上で公開されていて誰でも読むことができます。

注)
これは次項でふれますが、剛派が日本の建築工学の本流をなしていたのに対し、柔派の論客は建築学会の会員ですらありませんでした。そのため、剛派の論文は主として「建築雑誌」、柔派の論文は主として「土木学会誌」に掲載されているのです。

以下の文章では、論文のタイトルだけでなく、それが発表された年月と媒体名を併せて記すようにしますので、興味のある方は以下の URL から本文を検索してみてください。

土木学会誌   http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/m_jsce/
建築雑誌  http://ci.nii.ac.jp/

論文の現代語訳について
上記のリンクにある論文はすべて旧字の文語体で書かれています。そこで、いくつかの主要な論文については、これを現代語に訳したものを作成しました。柔剛論争・資料集 をご覧ください。
なお、本文中にある論文名にも、これらの現代語訳へのリンクを用意しました。