エネルギー法とはこんなもの
エネルギー法の位置づけ
これまで、本サイトでは、耐震設計の方法に関するものとして、「限界耐力計算ってなんだろう?」「保有水平耐力再入門」という二本の記事を掲載してきましたが、このたび、小社でフリーソフトとして公開中の「ビルディング・エディタ Ver.5.1 」に「エネルギー法」の計算機能を追加したこともあり、この新しい(と言っても告示の施行からすでに 4 年を経過しているわけですが)耐震設計法の概要をここで紹介しておくことにします。
最初にお断りしておきますが、耐震設計に関わる基本的な用語(たとえば「応答スペクトル」「加速度一定域と速度一定域」「工学的基盤」など)の解説はここでは省略しています。その理由は、これらについては上記の記事ですでにふれているからです。よく分らない用語が出てきた場合は、上記の記事を随時参照してください。
さて、この計算法について語ろうとする時、まず困ってしまうるのは、この計算法には名前がないということです。ここまで、慣例にしたがって「エネルギー法」と呼んできましたが、これはあくまでも「俗称」「通称」に過ぎません。
この計算法の法的な根拠は「平成 17 年国土交通省告示第 631 号」にもとめられるのですが、ここでは、この計算法は「エネルギーの釣合いに基づく耐震計算等の構造計算」と呼ばれています。しかしどう見ても、これは「名前」ではありません。
もし同様の呼び方を使うのであれば、保有水平耐力計算は「エネルギー一定則に基づく耐震計算等の構造計算」であり、限界耐力計算は「等価線形化法に基づく耐震計算等の構造計算」になります。しかし彼らには、それぞれ「保有水平耐力計算」「限界耐力計算」という立派な「名前」があります。この計算法(何かと不便なので、とりあえず「エネルギー法」と呼ぶことにしますが)には名前はまだないのです。
先ほど述べたように、エネルギー法の骨子は 2005 年(平成17)施行の告示によって公けにされていますが、ご存じのとおり、その 2 年後の 2007 年に建築基準法および建築基準法施行令が改定されています。その新しい施行令の第 81 条の冒頭には、高さ 60 メートル以下の建物の構造計算には以下のような方法がある、と書かれています。
保有水平耐力計算
限界耐力計算
許容応力度等計算
そして、それぞれの方法についての細則が以下につづいている(第 1 款の 2 「保有水平耐力計算」・第 1 款の 3 「限界耐力計算」・第 1 款の 3 「許容応力度等計算」)わけですが、ご覧のとおり、ここには、2 年前に施行された「エネルギーの釣合いに基づく・・・」の姿はありません。
どこに行ってしまったのかというと、「限界耐力計算」の項に「又はこれと同等以上に安全性を確かめることができるものとして国土交通大臣が定める基準に従った構造計算」という但し書きがあり、ここに含まれているのです。この計算法は日本の耐震設計の「正嫡」とは見なされず、いわば「継子扱い」されているという構図がここから見えてきますが、その理由を私なりに推測してみると、以下のようなことがあげられるのではないかと思います。
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(たとえば免震構造物のような)「特殊な構造物」向けの計算法と捉えられている向きがある。
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実施例が少なく、(法的には何の問題もないにも関わらず)ほとんどの適合性判定機関では審査を敬遠される。したがって、普及しない。
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計算の細則に「はっきりしない部分」がある。
1 については、たとえば 2007 版の「技術基準解説書」において、この計算法が「第 8 章 その他の構造計算」の中で「免震構造」などと同列に並べて解説されていることからも窺い知ることができます。他の設計法が、「第 6 章 保有水平耐力計算等の構造計算」「第 7 章 限界耐力計算」のような独立した章立てになっているのと比較すると、その待遇の違いは歴然としています。
ところで、前記の「免震構造」との比較でよくとり上げられるのが「制振構造 注)」と呼ばれる構造物ですが、この中に、「履歴ダンパー」と呼ばれる特殊な部材(ブレースや束柱のようなものを柱・梁で形成される架構の中に配したもの)を使用したものがあります。地震時にこれを早期に降伏させることによって地震のエネルギーを吸収し、建物本体のダメージを軽減することを意図したものです。
しかし、許容応力度計算や保有水平耐力計算、あるいは限界耐力計算であれ、従来の設計法は、中規模の地震(限界耐力計算では「建物の存在期間中に数回遭遇するかもしれないまれに起きる地震」と定義されている)に対して「部材が降伏する」という事態は許していません。そのような建物の設計(正確には「通常の確認申請窓口で受理されるような構造計算書の作成」)は、エネルギー法の登場によって初めて可能になったのです。
注)
「制震構造」と書くこともありますが、意味からすれば「どちらもあり」でしょう。
エネルギー法が「特殊な構造物向けの設計法」と見なされがちな理由は上に述べたような事情にあるのですが、しかしその一方、この設計法はそのような構造物に対してより有意ではあるものの、その基本的な適用範囲は限界耐力計算と何ら変わりません。高さが 60 メートル以下のあらゆるビル構造物に適用可能なのです。
にもかかわらず、この設計法がほとんど普及しなかったことの背景には、それが公表された「タイミングの悪さ」も少なからず影響しているような気がします。
エネルギー法の関連告示が公表されたのが 2005 年の 9 月ですが、ご存じのとおり、その 2 ヶ月後に「耐震偽装」事件が明るみに出ます。もはや、建築業界は「エネルギー法どころではなくなった」のです。
そしてさらに悪いことに、その一連の騒動の中で、「限界耐力計算で設計された建物の設計を保有水平耐力計算でやり直したところ、耐震強度の不足が明らかになった」という事例を受けて、「限界耐力計算はコスト削減のためのツールではないか」という声が沸き起こってしまいました。さらに、日本の耐震設計が「保有水平耐力計算」「限界耐力計算」という「二本立て」になっていることに疑問を呈する人も出てきました。
もはやこうなっては、「限界耐力計算と同等の方法」の出る幕はありません。生まれた時が悪かったのです。
以上が、先に掲げた 2 番目の項目、「普及しなかった」ことの理由ですが、3 番目の項目、「はっきりしない部分がある」については次項で説明します。
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