エネルギー法の明快さ・不明快さ

エネルギー法とは、簡単に言ってしまえば、「地震がもたらすエネルギーを十全に吸収することができるのであれば建物は壊れない」という立場をとるもので、ようするに、

地震がもたらすエネルギーよりも建物が吸収できるエネルギーの方が大きければよい

と言っているのです。しかしあらためて断るまでもなく、保有水平耐力計算であれ限界耐力計算であれ、最大級の地震(建物の存在期間中に発生する可能性がある「きわめてまれに起きる地震」)に対する建物の安全性の検証は、上とまったく同じ考え方にもとづいています。

保有水平耐力計算では、建物のエネルギー吸収能力を「構造特性係数」と呼ばれる値であらわし、それを「必要保有水平耐力」という値に変換しました。その最終的な結論は、「保有水平耐力必要保有水平耐力よりも大きければよい」というものです。
限界耐力計算では、建物のエネルギー吸収能力を「等価粘性減衰定数」と呼ばれる値であらわし、それを「加速度低減率」という値に変換しました。その最終的な結論は、「安全限界耐力必要安全限界平耐力よりも大きければよい」というものです。
ここから分かるとおり、保有水平耐力計算や限界耐力計算では、「エネルギー」という考え方に基礎をおいてはいるものの、前面に出てくるのはもっぱらです。私たちはエネルギーというものの具体的な大きさを目にすることはありません。
これに対し、エネルギー法では、その名のとおり、「エネルギーの大きさ」を建物の安全性の照査にもちいます。つまり、「地震がもたらすエネルギーの大きさ」と「建物が吸収できるエネルギーの大きさ」を比較し、前者よりも後者の方が大きければ建物は安全である、と端的に考えるのです。

この考え方は非常に明快です。「構造特性係数」や「等価粘性減衰定数」という値のもつ分かりにくさ(それらの計算式は明示されているが、それが具体的に「エネルギー」というものとどのように関連づけられているのかがよく分からない)に比べると、この分りやすさ・明快さこそがエネルギー法の持つ最大のアドバンテージといえるのではないでしょうか?

さて、次は「不明快さ」の方の話です。
先ほども言ったように、エネルギー法の法的な根拠は「平成 17 年国土交通省告示第 631 号」にもとめられるのですが、ここには「損傷限界(まれに起きる地震)」および「安全限界(きわめてまれに起きる地震)」に関して、「地震がもたらすエネルギーの大きさ」のもとめ方が具体的に示されています。

これは限界耐力計算に関する説明の折に何度か繰り返しましたが、上記の「損傷限界」に関する検証の主たる目的は「過去に許容応力度計算によって設計されてきた一群の建物の耐震性能水準の維持・継承」にあり、早い話が、「許容応力度計算による一次設計を行っているのであれば、あらためて検証する必要もない」ようなものです。言うまでもなく、新しい設計法の主眼は「安全限界」の検証の側にあるのですが、エネルギー法においてもその事情は変わりません。
が、にも関わらず、上記の告示には、「安全限界において建物が吸収できるエネルギーの大きさ」の具体的な算定方法については書かれていません。この部分については、法的な取り扱いとしては「適切な方法であれば何でもよい」ことになっているのです。「それならそれで結構なことではないか」という見方もできるかもしれませんが、しかし、これまで行われてきた設計の慣習からすれば、やはり「不明快」と言わざるを得ないでしょう。注)

注)
このあたりの事情は、実質的には限界耐力計算でも変わらない、と言うこともできそうです。しかし少なくとも、限界耐力計算では、告示に「部材の限界変形角」の式が載っています(もっとも、別のところでふれたように、実際の設計においてその告示式が使われているのかというと、これについてはかなり疑問がありますが)。

「適切な方法で」と言われても、多くの場合、それが適切かどうかは設計者以外の人間が判断することになるのですから、設計者としては戸惑うばかりです。そこで、たとえば、日本建築センター「エネルギーの釣合いに基づく耐震計算法の技術基準解説及び計算例とその解説」(以下、「計算例とその解説」と略記)のような本に載っている「例題」の内容などを参照することになるのですが、じつは、これを読んで気がつくことが一つあります。それは、

エネルギー法は、どうも、その主たるターゲットを「鉄骨構造物」においているらしい

ということです。この本の例題には鉄骨構造物も鉄筋コンクリート構造物もありますが、鉄骨構造物に比べ、鉄筋コンクリート構造物の方は、どうもスッキリしません。
さきほどもふれたように、エネルギー法という設計手法は「ダンパー付きの建物」に適用した場合に特に威力を発揮するのですが、このダンパーは「鉄」で造られています。そのため、全体が「鉄」で造られている建物の方はあまり違和感がないのですが、鉄筋コンクリートの建物については、どうしても、「ダンパーの設計法に建物全体の設計法を合わせた」みたいな印象を受けてしまうのですが、このあたりのことは追々話していきます。

そういうわけで、この設計法には、まだ「発展途上」と思わせる部分も少なからずあるのですが、それはともかく、これから具体的にその中身を見ていくことにします。

なお、さきほど話したような理由により、エネルギー法の規定は「ダンパーのない建物」と「ダンパーがある建物」に分けて記述されています。簡単にいうと、ダンパーのない建物は「(柱と梁、あるいは耐震ブレースで構成される)主架構」だけを設計対象とし、ダンパーのある建物では、建物を「主架構」と「ダンパー」に分離して設計するのです。
しかし本コラムの目的は、エネルギー法というものの考え方の概括的な紹介にあり、ダンパーの設計はその応用問題と見なすことができますので、以下、対象を「ダンパーのない建物」に限定して話を進めることにします。