保有水平耐力計算再入門
はじめに - 保有水平耐力計算が難しくなった
2007 年 6 月の基準法の改定前までは、「保有水平耐力計算」というカテゴリーは「許容応力度等計算法」の「等」に中に含まれるものでした。それがご存知のとおり、基準法の改定により、「保有水平耐力計算」という独立した名前を与えられ、結果として、「保有水平耐力計算」の中に「許容応力度計算」が含まれることになった。いわば「格上げ」されたわけです。
そのきっかけとなったのが、一連の、いわゆる耐震偽装事件です。
この騒動の中で、国は「建物の耐震指数」と呼ばれるものを公表しつづけましたが、これは、建物の保有水平耐力を必要保有水平耐力で割ったものです。
つまりここには、「保有水平耐力計算こそが日本の耐震設計のスタンダードである」という国のメッセージがこめられていた(意図的にそうしたのか、あるいは結果的にそうなっただけなのかは知りませんが)わけで、その後、この路線に沿って上記のような法改定が行われたのは「自然の成り行き」でした。
と同時に、国は一連の告示とその解説書を公表し、保有水平耐力計算にかかわる細則を定めることによってこの計算法の「地固め」を画しました。しかし、これがなかなか一筋縄ではいきません。
どういうふうに一筋縄でいかないのかは、たとえば、(財)建築行政情報センターのウェブサイトで公開されている「構造関係基準に関する質疑」などを読むとよく分かります。
「保有水平耐力計算が難しくなった、よく分らない」と感じているは、なにも私ばかりではないようです(ちょっと安心)。
「保有水平耐力計算」は、1981 年施行の「新耐震設計法」の一部として制定されたもので、もともとは「強震時の建物の挙動を手計算で簡便に検証する」ことを目指したものです。
なぜ「手計算で簡便に」なのかというと、そのころは、「机の上のノートパソコンでアッという間に建物の保有水平耐力が分かってしまう」というような状況は想像だにしていなかったからです。いや、そもそも「机の上のノートパソコン」というものが存在しませんでした。
もし、この計算法が制定されたのが 20 年ほど遅かったら、「保有水平耐力計算」は今とはまったく違ったものになっていたかもしれません。注)
注)
あるいは、それが 2000 年に制定された「限界耐力計算」だったのかもしれませんが、しかし、もしそうだとしたら、そのわずか数年後に保有水平耐力計算が「復権」することになったのは、ずいぶん皮肉な話です。
この計算法が施行された当時、建築構造技術者は、保有水平耐力の計算を「めんどくさい」と感じることはあっても、「むずかしい」とは思いませんでした(これは私自身の経験を含めて言っているのですが)。単調な手作業の煩雑さ、ということを別にすれば、この計算法全体は見事なくらいシステマティックに出来上がっていたのです。
それが、時を経てコンピュータ 注) の時代になるに及び、こんどは「めんどくさい」が引っ込んで「むずかしい」が台頭してきた。これはどういうことなんでしょう?
注) 「コンピュータ」か「コンピューター」か?
新聞紙上などでは「コンピューター」と最後の長音をつけて表記されるが、JISでは「2音のものは最後の長音をつけるが、3音以上のものは最後の長音をとる」ことになっている。このため、「コンピューター」「プリンター」は「コンピュータ」「プリンタ」になる(「ユーザー」「サーバー」などはそのまま)。
Windows の画面の表記が「コンピュータ」「マイ コンピュータ」となっているのは JIS にもとづいた「工学的表記」を採用しているためだが、しかし、マイクロソフト社日本法人の公式サイト(2008/7/25)によると、同社は今後、「最後の長音をとらない」方針に決めたらしい。
おそらく、Windows の次期バージョンからは「コンピューター」「プリンター」となっているはず。
理由は、はっきりしています。
手計算の時代には「問題にしようと思っても、それを問題にすること自体が無理であった」ものが、こんどは「本当に問題にせざるを得なくなった」からです。そしてさらに言うならば、「にもかかわらず、計算法の枠組は少しも変わっていない」からです。
「これまでは分かったつもりでいたが、じつはよく分かっていなかったことに気づかされた」というのが、現在の建築構造技術者の困惑ではないでしょうか?
・・・まあ、そんなこんなで、この際、昔の本を引っぱりだしてきて、もう一度保有水平耐力について勉強し直してみることにしました。その成果が本コラム「保有水平耐力再入門」です。
最初にお断りしておきますが、これを書いている人間(つまり私のことですが)は研究者でもなければ教育者でもありません。したがって、ここで「保有水平耐力計算」の体系的かつ網羅的な解説をしようとしているわけではありません。それをやろうとしたって、できっこありませんし、また、そういう参考書の類ならたくさん出版されています。
ここで披露しているのは、私自身の疑問を自分で解決しようとした、いわば「自学自習」のプロセスです。
しかし、その割には、(ベテランの技術者にとっては)「何を今さら」と思われるような初歩的な知識の解説が散見されることに不審の念を抱かれるかもしれません。
これは一つには、自分の知識の再確認ということもありますし、もう一つは、小社で販売している「構造計算入門 第二版」という製品の中に保有水平耐力についての項目がなく、そういうものを要望される方も複数いらしたので、本コラムをもってそれに代えたい、という気持も多少あったためです。
では・・・
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