終局限界と使用限界

前項の最後で述べたように、ここからは日本建築学会「鋼構造限界状態設計指針・同解説」(以下、たんに「指針」という)に基づいて話すことになりますが、まず最初にお断りしておきますと、以下の内容は、その対象を特に「鋼構造」に限定したものではありません。
「入手しやすい本」という基準でたまたまこれをテキストに使っているだけなので、以下で紹介しているのは、「日本建築学会が提唱・推進しようとしている限界状態設計法というもの」の内容であると考え頂いて一向に構いません。

さて、指針では、限界状態を以下の 2 つのカテゴリーに分類しています。

終局限界状態 : 建物の安全性に関わるもの
使用限界状態 : 建物の使用性(あるいは居住性)に関わるもの

終局限界状態が表わす「安全性」というのは、ようするに「建物の崩壊・倒壊」にまで至ってしまう(あるいはその可能性がある)ものです。
この言葉を聞いて私たちがただちに連想するのは、いわゆる「保有水平耐力の計算」であり、限界耐力計算における「安全限界」でしょう。これはまさにその通りのものなのですが、ただし、その対象とするのは地震荷重だけに限らず、風荷重であったり雪荷重であったり、あるいは、場合によっては固定荷重や積載荷重も考えることになります。
これは建物の「応力(荷重効果)」と「耐力」に関わるものですから、再三言うように、「耐力が荷重効果よりも大きければよい」で検証できます。

これに対し、「使用性(居住性)」という言葉から私たちが連想するのは、たとえば「床が揺れる」「床が傾いている」のようなことでしょう。
これらは「変形」という言葉で表わされる荷重効果ですが、一般に、これに抵抗するのは「耐力」ではなく「剛性」と呼ばれています。しかし「耐力」というものを広義に捉えれば、「剛性」のその一部であると考えられなくもありませんから、やはり上と同様な考え方で検証できることになるでしょう。

ところで上の話には、私たちが日頃行っている構造計算の主要なプロセスが抜け落ちています。それは言うまでもなく、

固定荷重や積載荷重、もしくは中規模の地震や風などの荷重に対して部材を弾性範囲におさめる

という手続きです。
これは間違いなく「耐力」に関わるものですから、どちらかといえは「終局限界状態」に入るものではないかという気もするのですが、そうではなく、ここでは「使用限界状態」の方に分類されています。
指針の「 4 章 使用限界状態設計」の冒頭に以下のような記述が見えます。

使用限界状態設計では、構造各部の降伏、座屈、すべり、およびたわみ、層間変形に対する設計を行う。また、必要に応じて床の振動、建物の横揺れ・振動、および疲労に対する設計を行う。

−−このような考え方に基づき、この指針では、終局限界状態の検証では部材の「全塑性耐力」、使用限界状態の検証では「弾性耐力」を使うことになっているのです。

「使用性」という言葉の持つ一般的なニュアンスにこだわってしまうと、「中規模の地震に対して建物を弾性に保つことが、どうして使用性(居住性)の問題になるのか」というような疑問も湧いてきます。
しかし一方、現行の構造計算規定との対比という観点から見れば、これは大変分かりやすいかもしれません。ようするに、「使用限界状態設計は一次設計、終局限界状態設計は二次設計に相当する」と考えておけばいいのです。注)

注)
同じく日本建築学会から出されている「鋼構造塑性設計指針」では、いわゆる「常時の荷重(固定荷重や積載荷重)」に対しても「全塑性耐力」で設計するようになっています。将来、このような設計手法が市民権を得ることになれば、ここでとられている分類も違ったものになると考えられます。