耐力係数・荷重係数

復習をかねながら、「信頼性設計の考え方を取り入れた限界状態設計法」による設計手続きを以下に掲げておきます。

  1. ある限界状態における荷重効果 S の確率分布を求める−−これは、その平均値と標準偏差σS から得られる。
  2. 耐力 R の確率分布を求める−−これは、その平均値と標準偏差σR から得られる。
  3. R と S から、その差となる確率分布 M ( = R - S ) を求める。ここから、その平均値と標準偏差σM が分かる。
  4. 原点 ( M = 0 ) から M の平均値までの距離をσM で割ったものが信頼性指標βである。
  5. βの値が、目標とする信頼性指標βT よりも大きいことが確認できれば所期の目的は達成された。

ところで、しかし、上のようなプロセスに正面から取り組もうとすると、まず求められるのは「確率・統計理論に関する相応な知識」ではないでしょうか。それからもう一つ必要なのは、荷重とか材料強度とか耐力算定式、その他もろもろが持つ「バラつき」に関する(おそらりは膨大な量の)バックデータです。
たとえば「耐力のバラつき」というものを考えてみても、そこには必ず複数の要因が複合して含まれているはずです。また「荷重」の方にしても、「確率論に基づいた各種の荷重の組み合わせ」ということも考えなければいけないでしょう。
さらに問題なのは、「目標とする信頼性指標 ( βT ) をどうやって決めるのか?」です。

これらのすべてを(その全員とは言わないまでも)一介の建築構造技術者に求めるのはとても現実的とは思えません。
そこで考え出されたのが、指針で提唱されている簡便法です。これは、ある限界状態において、

φ・R0 ≧ γ・S0 であればよい。ここに、

  φ : 耐力係数
  γ : 荷重係数
  R0 : 公称耐力
  S0 : 荷重効果の基本値

というもので、式だけ見るといたって簡単です。

まず分かりやすいところから説明しますが、左辺にある公称耐力 R0 の「公称」の意味は何となく想像できると思います。たとえば鉄筋の「公称径」などという時の「公称」です。鉄骨について言えば、これは「規格にある形鋼の寸法と降伏強度の規格値に基づいて算定された耐力」ということになる。ようするに、私たちが現在の設計で「確定値」として扱っている値と考えておけばいいでしょう。

右辺にある荷重効果の基本値 S0 とは、何らかの規範にしたがって定めた荷重の強さ(たとえば建築基準法施行令にある積載荷重・地震荷重等)から得られた応力のことです。
ただし R0 にしても S0 にしても、これらは R あるいは S の「平均値」になるとは限りません(これは例えば、前に述べた「コンクリート強度の平均値は設計基準強度よりも大きくなる」という事実からも明らかでしょう)。

さて、問題は耐力係数φと荷重係数γですが、ここには

  • 分離係数αR (耐力係数の場合)、またはαS(荷重係数の場合)
  • 目標とする信頼性指標βT

という 2 つのパラメータが介在しています。

分離係数の意味については、さきほどの図の一番右端に書いておきました。
ここにあるように、M の標準偏差σM は、R の標準偏差σR と S の標準偏差σS から所定の式で計算されるのですが、ここで「耐力係数」「荷重係数」という考え方を導入するにあたり、σM の値を近似的にσR ならびにσS に関する一次式で表わせるようにしたのです(いわゆる工学的判断)。ようするに、その時に使われる値です。
βT についてはすでに言いました。

結論としては、上の式が満足されるのであれば、自動的に β> βT であることが保証される、ということになります。
−−もしかすると上の式を見て、「なんだ、これなら許容応力度設計法と同じではないか」と思ったかもしれません。たしかに、さきほどの式の右辺のγを左辺に移行し、φ / γ にあらためてνという記号を与えて書き直してみると、

ν・R0 ≧ S0   ( ただし ν≦ 1.0 )

という式になります。これは「安全率によって低減された耐力の値が応力の値よりも大きければよい」という意味で、まさしく許容応力度設計法の考え方そのものです。
しかし決定的に違う部分があります。それは、

耐力係数や荷重係数には「信頼性指標」という値が含まれていて、これによって建物の安全性を定量的に表わすことができる

という点です。
さらに端的に違うのは、「許容応力度設計法では安全率の値(さきほどの式のνに相当する)を設計者が動かすことはできないが、限界状態設計法では耐力係数・荷重係数は設計者が決める」ということです。
したがって、その当然の帰結として、指針のどこを見ても、荷重係数や耐力係数の値を具体的にどうしなさい、という規定は見当たりません。

しかしそれにしても、設計に際して何らかの指標となるような値がないとどうしてよいのか分からない、ということであれば、それはあります。
この指針の前身となるのは「鋼構造限界状態設計規準案 ( 1990 ) 」という本ですが、ここでは耐力係数・荷重係数について具体的な値が示されていました。これは、現行の許容応力度設計法と同程度の安全性の水準が得られるように値を設定したもので、この値は指針の付録にも再録されています。

・・・というわけで、最後の方はいささか駆け足で通り過ぎた感がありますが、いずれにしても、これ以上のことを具体的に知りたいのであれば、それは日本建築学会から出ている各種の本に直接当たっていただくしかありません。

-- 完 --
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