許容応力度設計法と何が違うのか?

先のコラム 柔剛論争の顛末 の中で、「剛派」の主張のアウトラインを、

地震の性状には複雑・精妙で計りがたいものがある。地震に対する建物の挙動についても同様である。
しかし、建物をより「剛」に造る(つまり耐力を大きくする)ことにより、全体の「冗長性」が増す。不可測の事態が起きた時の「逃げ道」が増える。だから、より「剛」に造っておく( = 耐力を大きくしておく)ほど建物は「安全」なのである。

と紹介し、これを勝手に「安心理論」と名付けました。
言うまでもなく、この主張は「許容応力度設計法」を前提としたもので、その基本路線は現在まで受け継がれています。したがって、上にある「地震」の用語を、より一般性がある「外力」あるいは「荷重」に置き換えてしまえば、それがそのまま「許容応力度設計法」のアウトラインになるはずです。

ところで、構造設計の基本的な手続きとは、何らかの荷重によって部材に生じる「応力」を求め、それよりも部材の「耐力」の方が大きければ「安全」である、とするものです。前項でも述べた通り、この「応力」をより一般的な「荷重効果」という表現に直すと、結局、建物の安全性は、

耐力 > 荷重効果

という式で検証できることになります。

しかし誰もが認めるように、何も地震だけに限らず、建物に作用する荷重(引いてはそれがもたらす荷重効果)には強い「不確定性」がある。これは「耐力」についても同様でしょう。だから、上の式が満足されるからといって、それをもって直ちに「安全」「安心」とするわけにはいかないのです。
そこでどうしたのかというと、耐力の値を実際よりも低く見積もることによって「安心」を得ようとした−−これが「許容応力度設計」であり、それを基礎づけているのが「許容応力度」という値になります。

ここで、500mm 角のコンクリート柱の短期許容耐力を求める、という初歩的な問題を考えてみます。
いま仮に、このコンクリートの設計基準強度を 24N/mm2 とすると、その短期許容圧縮応力度は 16N/mm2 ですから、圧縮耐力は
  500 X 500 X 16 = 4000000 N → 4000kN
ということになる。
しかし、これは「本当の耐力」ではありません。なぜなら、「本当の圧縮強度」は 24N/mm2 で、短期許容圧縮応力度の 16N/mm2 という値は、それに安全率 1.5 を考慮したものだからです。
したがって、「本当の耐力」は上の値を 1.5 倍した 6000kN ということになる。−−しかしそれにしても、この 1.5 という安全率の正体は何なんでしょうか?

それを真面目に考え出すとなかなか難しいのですが、これは「耐力」に関わる値なのですから、最も素直な見方は

施工されたコンクリートの品質にはバラつきが避けられないので、実際のコンクリート強度が設計基準強度の 70% 程度になってしまうことも考えておく必要がある。そこであらかじめ、それなりの安全率を見込むことにした。

というものでしょう。まあ、それもあるのかもしれません。
しかし、1999 年版の日本建築学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説 -許容応力度設計法-」の 42 ページには以下のようなことが書かれています。

本規準で規定された許容応力度によって算出される断面の許容耐力(曲げモーメント・軸方向力・せん断力)が、荷重・外力による部材の設計応力とどのような関係にあるかをチェックするものとして、許容応力度が意味をもつものと考えられたい。

これによれば、ここには「材料強度の不確定性を見込んだ安全率」だけでなく、「荷重そのもの、あるいは荷重効果の不確定性を見込んだ安全率」もコミになって考慮されていることになります。注)

注)
その証拠は、先のコラム「柔剛論争の顛末」にも出てきます。国は「震度 0.1 で許容応力度設計する」という耐震規定を定めるにあたり、「材料の安全率を 3 にしておけば、震度 0.1 で設計しても実際には震度 0.3 まで大丈夫」という考え方を採用したのです。

このような考え方に対して限界状態設計法は異議を申し立てます。その論点は以下のようにまとめることができるでしょう。

  1. それが「材料強度の不確定性」を根拠とする値ならば「耐力」の項に、「荷重の不確定性」を根拠とする値ならば「荷重」の項に対してそれぞれ考慮されるべきである。
  2. その値を「許容応力度」という形で隠蔽するのではなく、独立した変数として扱い、さらにその根拠を明確にすべきである。

では、そのようにすると何かいいことがあるのか? −−これについては以下のようにまとめることができることができるかと思います。

  1. 建築主もしくは社会一般の多様なニーズに応じて、構造設計者が建物の安全性をある範囲内でコントロールすることができる。
  2. その結果、目標としている建物の性能を構造設計者が第三者に「説明」できるようになる。
  3. 何らかの新しい研究成果が得られた場合、それを設計実務に取り込むことが容易になる(現在のように許容応力度が法令の一部として組み込まれてしまっていたのでは、そうはいかない)。