RC規準が変わった
何が変わったのか?
日本建築学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」(以下、「RC規準」と略記)の 2010 年版が刊行されました。ここで何が一番変わったのかと言われれば、それは、
1999 年版にあった許容応力度設計法という副題がなくなった
ということにつきるでしょう。
しかしページを繰ってみると、じつは、ここにあるのは「許容応力度設計法」以外の何ものでもないのです。そこで冒頭にある「第 11 次改定の序」に戻ってみると、以下のようなことが書かれていました。
2010 年版「第 11 次改定の序」 (太字処理はこちらで施したもの、以下同じ)
1999 年の改定では、本規準の副題に「許容応力度設計法」の文言が加えられた。しかし、この文言があるため、ISO/TC71 などの国際的委員会において「性能評価の概念がない規準」という誤解を招きやすかった。今回の改定では、この文言を削除するとともに、使用性、損傷制御性、安全性という 3 つの性能に関する本規準の立場を第 1 条で明示した。
ここにある「性能評価」という言葉は、約 10 年前の基準法改正の折に「性能設計」という言葉とともにさかんに喧伝されました。そう言えば、建設省総合技術開発プロジェクト内の「性能評価分科会」から 1998 年に出された「構造性能評価指針案」の中で、建物の基本構造性能が「安全性」「修復性」「使用性」の 3 つに分類されていたことが思い出されます。
したがって、上の文章を素直に読めば、
これは性能設計の基本に立ち返り、その立場から許容応力度設計法を見直したものである
と解釈することができるでしょう。
それはそれで分かるのですが、「しかしそれにしても、なぜ今頃になって?」という疑問は残ります。
今回の規準はもともと 2009 年の内に公表される予定でした。
そのため、2008 年にインターネット上に「鉄筋コンクリート構造計算規準 2009 改定案」というものが公開されていたのですが、ここでは、先の文章に該当する部分は以下のようになっていました。
2009 改定案
1999 年の改定では、本規準の副題に「許容応力度設計法」の文言が加えられた。しかし、この文言があるため、ISO/TC71 などの国際的委員会において「限界状態設計の概念がない規準」という誤解を招きやすかった。今回の改定では、この文言を削除するとともに、使用限界、損傷限界、安全限界という 3 つの性能に関する本規準の立場を第 1 条で明示した。
ここにある通り、2010 年版では、上の「限界状態設計」が「性能評価」、「使用限界、損傷限界、安全限界」が「使用性、損傷制御性、安全性」という表現に変わっています。しかし、それに伴って内容も変わっているのかというと、少なくとも本文については、今回の規準と「2009 改定案」の間に大きな差異はありません。
ですから、これはたんなる「表現の変更」と考えていいものなんですが、ではどちらの表現が分かりやすいかと言えば、それはやっぱり「2009 改定案」の方ではないしょうか?
その理由は、こちらの方が、その前の版からの「連続性」が見えてくるからです。
ついでに、前回および前々回の版の序文も下に引いておきましょう。
1988 年版「第 9 次改定の序」
鉄筋コンクリート構造の構造計算方法は、今日、世界的に限界状態設計法へ移行する趨勢にある。わが国では、まず耐震設計法について合理的な体系を確立する必要があり、その作業を進めているが、現在のところ、本規準が適用範囲とするような広範囲の建物を対象として新しい提案ができる段階には至っていない。
1999 年版「第 10 次改定の序」
鉄筋コンクリート造建物の設計法が、限界状態に基づく性能評価型の設計法に移行していく世界的趨勢のなかで、本会鉄筋コンクリート構造運営委員会は、1998 年以降、「鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針・同解説」および「鉄筋コンクリート造建物の靭性保証型耐震設計指針・同解説」を出版し、終局限界状態に基づく耐震設計法を提案してきた。実務設計では、これらの指針が提案している架構設計のコンセプトや部材設計法が部分的に取り入れられ、設計の質を高めることに貢献してきたが、設計法全体が広範囲な建物の設計に適用されるには至っていない。
これらから窺えるのは、「許容応力度設計法から限界状態設計法へ」という枠組みの転換は、RC規準の作成に関わる人々(もしくは日本建築学会)にとって、ほとんど「悲願」に近いものであるらしい、という事実です。
そして、これらの序文の後にさきほどの「2009 改定案」の文章を持ってくると、その「筋書き」が見えてきます。つまり今回の規準は、
限界状態設計法という枠組みで捉え直した許容応力度設計法
と考えておけばいい−−もしくは「そう考えた方が分かりやすい」−−のです。
となると問題は、規準の正式な発刊に際してなぜ表現を変えたのか、ということになりますが、私としては、これについては推測するしかありませんので、それをを以下に述べることにします(間違ってたらすみません)。
さきほど、「限界状態設計法という枠組みで捉え直した」という言い方をしましたが、先に述べた通り、この規準の実質的な内容は、これまで行われてきた「許容応力度設計法」と何ら変わりません。
一方の「限界状態設計法」ですが、これの一般的な定義とは「建物に対して何らかの限界状態を想定し、それに対して安全であるように設計する」というもので、見ての通り、いたって漠然としています。
したがって、その意味を広く捉えれば、「許容応力度設計法も限界状態設計法の一種である」と言い方もあながち間違ってはいないのです。言ってみれば、これは「広義の限界状態設計法」ということになります。
しかしもちろん、日本建築学会が推し進めようとしている「本来の限界状態設計法」はそれとは違うものです。どいうふうに違うのかと言うと、ここには信頼性設計法という考え方が取り入れられているのです。
(このあたりの事情は 限界状態設計法という考え方 をお読みいただければもう少し理解していただけるのではないかと思います。)
そういう状況の中で、今回のRC規準で「限界状態(設計)」という言葉を不用意に使ってしまうと、これがあたかも「日本建築学会が推し進めようとしている限界状態設計法」そのものであるかのような無用の誤解を生んでしまうかもしれない−−ようするに、そのことを恐れて「性能評価」という(より抽象性の高い)表現を選んだのではないかと私は考えたのですが、さきほども述べたたように、これは憶測に過ぎません。
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