建築構造の確認検査について考える ( 2 )

私はこの裁判のことを「日経アーキテクチャー」の「構造計算ミス見逃しで 1 億 4800 万円の賠償」という記事で知ったのだが、なかなか興味深い内容があるので、この記事をもとにその経緯を紹介しておく。

これもやはり、発端は「耐震偽装事件」である。
これを受けて既存建物の耐震強度の再計算が続々と行われたことは私たちの記憶にまだ新しいが、その中で、あるデベロッパーが供給しているマンション ( RC造 11 階建 ) の耐震強度不足が判明し、改修せざるを得なくなった。
耐震強度不足の原因となったのは、いわゆる「偽装」ではなく「構造計算上のミス」であるとされているようだが、いずれにしても、これを受けてデベロッパー側は二人の建築士と確認審査機関を相手取り、改修費用の負担を求める損害賠償請求の訴訟を起こした。
これに対して 2009 年に下された判決は「建築士に対する賠償請求は認めるが確認審査機関に対する請求は棄却」というものだった ( 二人の建築士はこの判決を受け入れて賠償金の支払いに応じたため、この件については確定 ) 。しかしデベロッパー側は確認審査機関に対する請求が棄却されたことを不服として控訴し、上級審での訴訟に持ち込んだ。
そして本年の 4 月に下された判決が「確認検査機関に賠償責任あり」ということになった――被告側は上告しているので、これが最終判決ではない―― わけだが、その判決理由を「日経アーキテクチャー」の記事をもとに要約すると以下のようになる。

  • 確認検査は、計算の内容が建築基準法を始めとする諸規定に合致しているかどうかを審査するものであり、網羅的な審査である必要はない。要所を審査すれば十分である。
  • とは言え、その中に一見して不審を抱かせる内容があって明白な疑義が生じる場合は、それについて確認する義務がある。それを見過ごすことは許されない。
  • しかるに、本件の計算書の中には、RC造 11 階建てのピロティ構造であるにもかかわらず、保有水平耐力比が 2.995 という一見して不審な記載がある。それを見逃したのだから、その行為は注意義務にあたり、よって検査機関側に賠償責任がある。

この判決では、確認検査を「網羅的な審査は不要 = 要所の審査だけでよい」としているのだから、基本的には先に紹介した最高裁の判例にしたがっていることになる。しかし今回は、それに一定の留保条件をつけた。
それが「一見して不審を抱かせる内容がある場合」である。
さきほどからしきりに使っている用語を当てはめれば、これを見逃してしまえば、確認検査が保証しているはずの「限定的な安全性」さえ損なわれてしまう、ということになるのだろう。
――言われてみれば、そうかもしれない。
ちょっと話が飛ぶが、耐震偽装事件が世の中を賑わしていた時分、偽装騒ぎの渦中の人が作成した構造図を閲覧させてもらった友人がいる。その時の感想を、彼は「多少の心得がある人間なら、この図面を一瞥しただけで不審に思うはず」と首を傾げながら話してくれた。たぶん、「一見して不審」というのはそういう類のことを指しているのだろう。

そうなると、この問題は「11 階建のピロティ構造で保有水平耐力比が 3 近くもある」というのが「一見して不審」の部類に入るのかどうか、という点に集約されてくる。
しかし正直なところ、この判断はかなり微妙だろう。
建物のディテールは一つ一つ異っており、個々の設計者はそれなりの工夫をするわけだから、ピロティ構造で保有水平耐力比が 3 近くあったとしても、その事実だけを個別に取り出して「おかしい」ということはできない。
その一方、特別な工夫をこらした形跡がないにもかかわらず保有水平耐力比が 3 近くあるのであれば、少なくともその点を設計者に確認する必要はあるだろう、という言い方にも一定の説得力はある。
実際にその計算書を見たわけではないのでそれ以上のことは言えないが、いずれにしても、最終的にどのような判断が下されるのか注目しておきたい。
( 蛇足になりますが、たとえ「正しい構造計算」が行われ、その結果として保有水平耐力比が 3 を超えていたとしても、私自身は「RC造 11 階建ピロティ形式」のマンションには住みたくありません。 )

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( 文責 : 野家牧雄 )