せん断破壊はイケナイのか?

(いきなり「何を今さら」の話から入りますが)ごく一般的な構造計算で扱う部材の応力には「曲げモーメント」「せん断」「軸力」の 3 つがあります。そして、その中でも主要なファクターをなしているのは「曲げモーメント」です。
そいいう意味からすると、構造特性係数をもとめる一連の手順とは「部材が曲げ破壊する可能性の検証」であり、これは言葉を変えれば、「部材が設計者の思惑どおりに挙動するかどうかの検証」でもあります。
前に、「しかるべく設計された建物ならば(曲げ)ヒンジが形成されることによって崩壊する」という意味のことを言いましたが、これも同様の主旨です。

しかしながら、「しかるべく設計」しようとしても、どうしようもない場合だってあります。
その典型的な例が「耐震壁のせん断破壊」です。

(再び「何を今さら」ですが)構造設計においてなぜ「曲げモーメント」という力が重要なのかというと、建物を構成する柱なり梁なりの部材のアスペクト比(「長さ」と「せい」の比)が大きく、プロポーションがスレンダーなため、全変形量に占める曲げの影響が圧倒的に大きいからです。
これに対し、アスペクト比が小さくてズングリとしたプロポーションになるにつれて「せん断変形」の影響が大きくなり、結果として「せん断破壊が曲げ破壊に先行する」ことになります。つまり、ヒンジが形成される前にせん断破壊してしまうのです。

これは、前章で述べた「脆性破壊」、つまり「エネルギー吸収能力に乏しく、好ましくない」とされる破壊形式の代表格みたいな存在で、みんなから忌み嫌われます。
しかし、高層建築物の連層耐震壁のようなものならともかく、低層建築物の耐震壁に対して「曲げ破壊が先行するように設計しなさい」と言われても、現実には大変難しいのです。また、震災にあった建物を実地に調べてみると、設計者の意図とは関係なく、低層建築物の耐震壁の大半はせん断破壊している、という報告もあるようです。

ようは、いくら「好ましくない」と言われても、少なくとも低層建築物の耐震壁については「せん断破壊するもの」と考えておいた方が現実的であろう、ということになんですが、では、そのような建物の保有水平耐力(あるいは必要保有水平耐力)をどのように評価するのか、という段になると、どうも、あまり明快ではありません。
せん断破壊が「好ましくない」とされる理由の一つには、「その性状をどのように評価したらいいのかがよく分からない」という事情も含まれているのです(たぶん)。

しかしながら、それはともかくとして、技術基準解説書には、そのような脆性破壊部材が存在する建物の保有水平耐力の計算方法が書かれていますので、これを紹介しておくことにします。

上の図は、技術基準解説書( P.308 )に載っている「脆性破壊部材が存在する建物の力と変形の関係」に若干の手を加えたものですが、これによれば、このような建物の力と変形の関係は図中の青い実線のようになる、とされています。
以下は、私がこれに簡単な解説を加えたものです。

@

弾性状態で推移し、A 点で脆性部材の最大耐力に達する。

A

A 点で脆性部材の最大耐力に達した後、エネルギー吸収能力に乏しいとはいえ、若干の変形には追随し、B 点に至って壊れる。
また、他の靭性部材は健全なので、その間に全体の耐力も若干上昇する。

B

B 点で脆性部材が壊れ、それが負担していた力が解放されることにより、全体の耐力が C 点まで降下する。

C

残りの靭性部材の存在により、全体の耐力が D 点まで上昇し、保有水平耐力に達する。

D

保有水平耐力に達した後、靭性部材のエネルギー吸収能力により変形に追随し、E 点で壊れる。

つまり、この建物の力と変形の関係は上の図に青い実線でしめした 0 → A → B → C → D → E という経路をたどる(らしい)のですが、前章で再三述べたとおり、増分解析法でこのようなギザギザの経路をプロットすることはできません。
増分解析法には「部材が壊れる」という概念が存在しないので、ただひたすら前に進むしかない。つまり、上図の青い破線でしめした 0 → A → B → D' → E' の経路をプロットすることになるのですが、その結果、ここで得られた D' 点の保有水平耐力は「信用できない」と言われることになります。

では、どうしたらいいか?
最も無難で、かつ賢明なのは、「部材の破壊というよく分からないものが起きる前に建物全体の耐力を確保しまえ」と考えることです。図の A 点、つまり脆性部材が破壊する直前の耐力を建物の保有水平耐力にするのです。
現行の「保有水平耐力計算」の目的とは「 1G 相当の地震力が作用した時に建物が安全であることを証明する」ことにあるのですから、この A 点において建物に作用しているせん断力が 1G 相当の地震力より大きければいいのです。そうであるのならば、脆性部材があろうがなかろうが、誰からも文句は言われません。
これは、靭性部材であろうが脆性部材であろうが、その塑性化後のエネルギー吸収能力にはまったく期待しない、という考え方(いわゆる「強度志向型」)で、構造特性係数を 1 にしたことになります。低層で、かつ耐震壁の多い建物であれば十分に現実的な方法です。

しかし、それではどうもうまくない、というのであれば、次善の策として「 A 点を建物の保有水平耐力と考えた上で、かつ、なんらかの構造特性係数を考慮する」という方法があります。
現行規定では、幸いなことに、きわめて脆性的な性状をしめす建物でも、何がしかのエネルギー吸収能力を期待してよいことになっています。具体的にいうと、RC の建物の場合は 0.55、SRC の建物の場合は 0.5、というのが構造特性係数の最大値になっています。これを使うのです。
「現行規定で想定している最悪のケースで安全性を確認しているのだから、文句ないでしょう」というわけで、たしかに、これならほとんど文句は出ないと思われます。

さらに、それでもまだダメな場合、つまり「構造特性係数をもっと下げたい」という場合はどうするか?
これはもう、「自分で考える」しかないのですが、これについては、この章の最後で簡単に取り上げます。

それからもう一つ、まったく別の考え方もあります。
「図の D 点を保有水平耐力とする」という考え方です(もっとも、先ほども言ったとおり、増分解析法ではこの点を直接プロットすることができないので、実際には D' 点の耐力から破壊した部材の耐力に相当する BC 間の分を差し引いて D 点の耐力をもとめることになりますが)。
ようするに、これは「破壊してしまった部材には目をつぶり、最初からなかったことにする」わけで、場合によっては「都合のいい考え方」にもなりかねません。
そこで、技術基準解説書(P.309)では、以下のような留保条件をつけています。

なお、脆性部材に破壊が生じたときでも、その脆性部材が支えていた鉛直力を代わって支持できる部材が周辺に存在し、それらの部材に脆性部材の支えていた鉛直力を伝達しても局部崩壊が起こるおそれのないことが詳細な検討により確認される場合には、脆性部材を無視し、靭性部材のみで構成された建築物とみなして Ds を定め、保有水平耐力を計算することも可能である。

・・・いずれにしても、「詳細な検討により確認する」ことが求められていますので、そういうのはめんどくさい、と思う方にはとてもお勧めできません。

最後に、さきほど述べた「せん断破壊部材が発生した時点を建物の保有水平耐力とみなし、かつ、なんらかの構造特性係数を考慮する」とした場合の注意点について補足しておきます。

増分解析法とは、「地震力の作用によって建物のあちこちにヒンジが形成され、それが一定の数に達して建物が不安定になる」というプロセスを追うものです。この「建物が不安定になった」状態のことを技術基準解説書では「崩壊メカニズム」と呼んでいます( P.305 )。
これまでの話から分かるとおり、通常は「崩壊メカニズム」が形成された時点で建物に作用している力が「保有水平耐力」になります。つまり、この両者は一致します(念のため、下に図示しました)。

これに対し、先程述べた「せん断破壊部材が発生した時点を建物の保有水平耐力とみなす」という考え方は、いわば「それを便宜的に保有水平耐力とした」に過ぎず、「崩壊メカニズムに達したことによる保有水平耐力」とはいえません。耐震壁が破壊したからといって建物全体が不安定になるとは限らないからです。
下図にあらわしたとおり、この場合は「保有水平耐力」と「崩壊メカニズム」が一致しません。

このような建物では、増分解析法に「保有水平耐力」と「崩壊メカニズム」という 2 つの切り口が出来てしまうわけですが、ここで、「構造特性係数をもとめる根拠とすべきはどちらの状態なのか」がしばしば問題にされます。なぜそれが問題なのかというと、構造特性係数の算出根拠となる部材ランクを設定する時に、そのパラメータとして「建物が終局状態にある時の部材応力」を使うものがあるからです。
2007 年の法改正前までは、この部分がかなりアイマイでしたが、法改正により、「崩壊メカニズムに達したとされる状態をもとに構造特性係数を算出すべきである」ということになりました。注)

注)
法改正以降、構造計算書の目次の「保有水平耐力」の中に、「保有水平耐力時の応力」と「 Ds 算定時の応力」という二つの項目が別々にもうけられることになりました。この「 Ds 算定時」が、ここでいう「崩壊メカニズム時」のことです。
なお、念のため言っておきますが、ふつうの建物ではこの両者は一致します。逆にいうと、これが一致していない、ということは、この建物には「何かふつうじゃないもの」がある、ということをあらわしているのです。

まあ、それはそれでいいんですが、問題は、ここで取り上げているような建物の場合、増分解析法から得られた崩壊メカニズムというものをどの程度まで信用していいのか、という点にあります。
なぜなら、ここまでの話で、このような崩壊メカニズムがかなりインチキくさいものであることを、私たちはすでに知っているからです。

増分解析法には「部材が壊れる」という概念はありません。ですから、最終的な崩壊メカニズムに至った状態においても耐震壁は壊れていないことになっているわけですが、しかし、そのずいぶん手前で、すでに耐震壁が壊れてしまったことを私たちは知っています。
「耐震壁が壊れる」とは、それが保持していた耐力を放棄することに他なりませんから、その前後で建物全体の応力は大きく変わってしまうはずです。が、ここでは、その点がまったく無視されているのです。

ゆえにこの崩壊メカニズムは信用できない、となるのですが、その一方、「ではどうしたらいいのか?」ということになると、じつはよく分かりません。少なくとも今のところ、「これ」といった決め手になるような考え方はないのです。
さきほど、(構造特性係数を少しでも下げて得しようとするのであれば)「自分で考える」しかないでしょう、と言ったのは、こういう事情です。