「エネルギー」って何だっけ?

前章で述べたとおり、「 Ai にもとづく外力分布」を使うと、保有水平耐力を「一次設計の地震力の X 倍」というふうに簡潔にあらわすことができます。
では、実際にそれがどれくらいの値になるのかというと、二次設計というものをまったく意識しないで設計された建物でも 1.5 から 2 倍弱くらいにはなります。これは主として、個々の断面のデザインが設計応力にまったく忠実になされるわけではなく、つねに何がしかの「余力」が存在しているためです。
そして、この X の値がどれくらいなら「よし」とされるのかというと、それははっきりしています。 5 倍です。

一次設計では(建物の 1 階に作用する層せん断力が) 0.2G に相当する地震力に対して設計することをもとめているのに対し、二次設計ではその 5 倍の 1G に相当する地震力に対して安全であることをもとめているためです。この「 1G に相当する地震力」が作用している時に建物に生じている層せん断力を「必要保有水平耐力」と呼びます。
建物の保有水平耐力が必要保有水平耐力を超えているならば、その建物は 1G の地震力に対して安全であることが証明されるのですから、したがって、建物の保有水平耐力をもとめ、それが一次設計の地震力の 5 倍以上あることが分かったならば、その時点で二次設計は「終わり」です。さきほど、「ふつうの建物なら、ほうっておいてもこの値が 1.5 倍程度にはなる」と言いましたが、しかし、(壁が多い低層の RC 建築物のようなものを除き)これを 5 倍にするのはけっこう大変です。

でも、ここで救いの手が差し伸べられます。
必ずしも 1G のに対して安全に設計しなくてもいいですよ、と言うのです。じゃあ、でなければ何なのか、というと、それはエネルギーである、と言ってます。ようするに、「 1G の地震力がもたらすエネルギーに対して安全であるように設計すればよい」ということらしいのです。

これまで私たちは、構造計算というものを、もっぱら「何らかのに対して建物をデザインする」ものと心得ていましたので、急にエネルギーなどと言われても戸惑うばかりです。
そこで、まず最初に、「エネルギーとは何なのか?」について復習しておくことにします(と言っても、以下に書いてあるのは、せいぜい高校の物理の教科書に載っている程度の内容に過ぎませんが)。

エネルギーとは「仕事をする能力」のことです。そこで、「エネルギーがあると仕事ができる」「仕事によってエネルギーを使う」というような表現になるわけですが、ただし、物理学で「仕事」といった場合は下のような値をあらわすことになっています。

仕事 = 力 × (その力の方向に動いた)距離

ある物体に力 F を作用させてこれを距離 x だけ動かした場合の仕事は F・x です。
下図左にあるように、力を縦軸、距離を横軸にとったグラフにこの様子をあらわすと、仕事量 F・x とは、このグラフと横の座標軸で囲まれた面積に相当することが分ります。

次に、この物体がなんらかのバネにつながれている状態を考えてみます。これが下の図です。

フックの法則により、力と距離は比例関係にありますので、ここにある通り、グラフは右上がりになります。この場合、物体が微小な距離 凅 を移動したとした時の仕事量は(この時の作用力を f とすれば) f・凅 です。
仕事の総量はこれを積分したものですから、この場合もやはり、仕事の大きさはグラフと座標軸で囲まれた面積(三角形なので F・x / 2 )になることが分かります。

もちろん、この「バネにつながれた物体」とは「建物」の比喩として使ったのですが、建物の場合は、横向きについているバネを鉛直部材(柱や壁など)の水平方向の剛性に読み替えます。
これが通称「串ダンゴ」と呼ばれるもので、建築構造物の力学モデルとしてよく使われます。「ダンゴ」が建物の質量をあらわし、「串」の部分が建物の水平方向の剛性をあらわす、というわけです。
下図にしめしたのがそれですが、ここにあるのは、「同じ質量をもつ、水平方向の剛性の大きい(つまり硬い)建物と剛性の小さい(つまり柔らかい)建物が隣り合って建っていたとしたら・・・」という図柄です。

で、(すでにお察しの通り)ここに地震がやってきました。
すると、柔らかい建物の方が硬い建物よりも大きく揺すられ、変位量、つまりダンゴが動いた距離は大きくなります。この時の力と距離の関係をあらわしたのが同図右にあるグラフです。
一方、この地震のエネルギー、つまり地震がなした仕事の総量は同じですから、さきほどの理屈にしたがえば、このグラフで囲まれた面積は等しいはずです。
そこで、硬い建物の変位量を x(剛)、その時に作用している見かけ上の力を F(剛)、同様にして柔らかい建物の変位量と力を x(柔)F(柔) のようにあらわすと、これらが作る面積が等しいので、下の等式が成り立ちます。

F(剛)・x(剛) / 2 = F(柔)・x(柔) / 2 ゆえに F(剛)・x(剛) = F(柔)・x(柔)

x(柔)x(剛) よりも大きくなることは分かっています。したがって、上の式により、F(柔)F(剛) よりも小さくなるはずです。
ここから、

この地震に対して建物を安全に設計しようとした時、硬い建物は F(剛) を耐力の目標水準にしなければならないが、柔らかい建物では、それよりも小さい F(柔) で済む。
その分だけ経済的な建物を設計できる(かもしれない)。

ということが分かります。

なお、念のためお断りしておきますが、上の図は「エネルギーが等量であればよい」という説明の便宜のために建物の弾性状態であらわしたものであって、実際の弾性設計(一次設計)でこのような考え方が許されているわけではありません。あくまでも、二次設計の話の「まくら」として使ったまでです。
というわけで、次へ・・・。