外力分布とは何のこと?

建築構造関連の法令の解説書として「 2007 年版 建築物の構造関係技術基準解説書」という本(以下、「技術基準解説書」)が国交省から出されていて、その中に、「 Ai 分布にもとづく外力分布を保有水平耐力計算時にも用いればよく・・・」というようなことが書かれています(P.306)。
この「外力分布」あるいは「 Ai 分布にもとづく外力分布」というものについて、小社のプログラムサポート担当者にしばしば質問(いったいこれは何のことか?)が寄せられます。

それも無理はありません。
この「外力分布」という用語は、二次設計、つまり保有水平耐力計算の段階で唐突に登場するのです。一次設計の段階でこの用語が使われることは、まずありません。というのも、現在の一次設計のシステムは、「設計者がそういうことを意識しないで済むように」作られているからです。

たいていの構造計算書の「設計地震力」の項の出力は下のような形式になっているはずです(話を分かりやすくするために、標準層せん断力係数は 1.0 で、 Ci = Ai であるものとしています)。

Wi

ΣWi

Ai

Qi

3階柱用

100

100

1.2

120 ( = 100 * 1.2 )

2階柱用

100

200

1.1

220 ( = 200 * 1.1 )

1階柱用

100

300

1.0

300 ( = 300 * 1.0 )

この表のどこにも「地震時の外力」の値は登場しません。
それを知ったところで何の役にも立たないので、設計者はこれに何の不満ももらしません。設計者にとって有用なのは上表の Qi (層せん断力)の値だけなのです。

建築構造計算では、建物に地震力が作用している状態を「各階の床が地震力を受けて水平方向に変位している」と考えます。そしてこの時、各階の床に作用している地震力は上の階にいくほど大きくなり、上の階ほど変位が大きくなります。建物の基礎に入力された地震力が上の階に向かって増幅されるためです。
一方、各階の床はその直下の柱によって支持されていますから、床の変位によって柱に何がしかの力が発生します。これを階ごとに集計したものが「層せん断力」です。
さらに、建物を全体として見た場合、基礎位置において固定された「片持ち梁」と考えることができますので、すべての力は最終的には基礎に到達します。したがって、地震力も順次下の階に伝達され、それに応じた層せん断力が発生します。
結論をいうと、「地震の外力は上の階にいくほど大きくなり、層せん断力は下の階にいくほど大きくなる」です(アタリエですけど)。

ここで最初の「設計地震力」の表に戻りますが、この Ai の欄を見ていると、つい、これこそが「地震時の外力分布」をあらわすものではないか、と思いたくなります。この表の中で「上にいくほど大きくなっている」のはこの値だけだからです。
しかし、それが間違いであることは、この表中にある計算式から(あるいは建築構造の初歩知識により)明らかでしょう。
建物の重量にこの値をかけたものが「層せん断力」になるのですから、Ai とは「外力の分布」ではなく「層せん断力の分布」をあらわしているのです。
となると、ここで、

層せん断力は下にいくほど大きくなるのに、それをあらわす指数である Ai の値は、なぜ上にいくほど大きくなるのか?

という素朴な疑問もわいてきますが、しかし、この疑問に答えるためには、 Ai という値がどのようにして作られたかを逐一説明しなければならず、とても私の手には負えません。私が言えるのは、とにかく、 Ai とはそのように仕組まれた値なのだ、ということだけです。

「層せん断力」とは、「地震時の外力」という 原因 からえられた 結果 である、という言い方もできますが、たしかに、この値によって、設計者は「地震時の外力」という 原因 を経由することなく、いきなり「層せん断力」という 結果 を得ることができるようになりました。それはそれで便利なことですが、しかしその一方、以下のような弊害が生まれたのも事実ではないでしょうか?

  1. 「地震時に建物に作用する外力の分布」なら感覚的に分かる(上にいくほど大きくなる)が、「地震時に建物に生じる層せん断力の分布」と言われても、それを直感的に理解することは難しい。
  2. 二次設計の段階でいきなり「外力分布」という用語を持ち出されて困惑する。

ちなみに、最初に掲げた「設計地震力」の表からから外力 Pi の値を計算すると下のようになります。

Wi

ΣWi

Ai

Qi

Pi

3階柱用

100

100

1.2

120

120

2階柱用

100

200

1.1

220

100 ( = 220 - 120 )

1階柱用

100

300

1.0

300

80 ( = 300 - 220 )

つまり、上下階の層せん断力の差がその階の床位置に作用している外力で、これがすなわち「 Ai 分布にもとづく外力分布」です。
しつこいようですが、最後にもう一度繰り返します。
Ai というのは「層せん断力」という 結果 を先取りしてもとめるものです。したがって、「 Ai 分布にもとづく外力分布」とは、その 結果 から「外力」という 原因 を遡ってもとめたものになります。
そして、その 原因 から何が得られるのかというと、もちろん、「 Ai 分布からもとめられる層せん断力」という 結果 で、実際の設計に使われるのはもっぱらこの値です。つまり、ぐるっと一回りして最初の所に戻ってくるわけです。
その家の息子に用事があるのに、玄関先で「息子(結果)の親(原因)の息子(結果)を呼んでくれ」と言ってるみたいで、どうもスッキリしません。