長期の安全率 1.5 の謎

1950 年の建築基準法の制定以来、長期荷重に対する材料強度の ( 降伏値に対する ) 安全率は 1.5 と決められているが、私はかねてから、この 1.5 という数字の意味 ――なぜ 1.5 なのか ? ―― について興味を持っていた。そこで折にふれて調べてみたりもしたのだが、結局のところ、「誰も知らないらしい」ということが分かっただけだった。
ただし、この値が、何らかの確率統計的な知見にもとづいて決められたわけではない、ということは間違いなさそうである。では何なのか、ということになるが、私自身は「単純に 1 と 2 の間をとったのだ」と考えることにしている。

ご存じの通り、戦前は「長期」「短期」というような荷重の区分はなく、材料の安全率も一律に 2 という値がとられていた。その後、戦時下の非常体制で安全率が撤廃された時期もあったが、そんなこんなを経て、1950 年に「長期」「短期」の荷重区分と「長期の安全率 1.5」が定められたのだった。
従前の 2 という安全率については、あちこちから「大きすぎる」という不満が出ていたらしい。それを受けての改定ということになるが、ここには JIS ( 日本工業規格 ) の制定というような事情も絡んでいる。つまり「厳格な品質管理」と「安全率の引き下げ」のトレードオフである。

その結果、「短期」の安全率は 1 になった。これは実質的に「安全率を考慮しない」ことで、従前の半分の値になる。ずいぶん大胆な気もするが、これについては「外力の方を大きくとる」ことで調整した ( たとえば設計震度を 0.1 から 0.2 に上げることで、実質的には従前と変わらない耐震性を確保した ) 。
で、長期の方の安全率をどうしようか、という話になった時に、従来通りの 2 というわけにはいかない。しかし常時荷重という性格からして、安全率を 1 にして荷重の側に倍率をかける、というのも設計法としてなじまないだろう。
そこで「間をとった」というのが私の推理である。
( 数字というのは不思議なもので、これがたとえば 1.65 というような値であれば「なんでだ ?」と聞き返したくなるが、1.5 とか 2 とかザックリと言われると、「そういうものなんだ」と納得してしまう。)

ところで、「長期荷重による応力度を長期許容応力度以下にする」というのは設計の「目的」ではなく「手段」である。
ではその目的は何なのかというと、「荷重により部材に過大な変形が生じることを防止する」ことにあると考えられる。「材料を降伏させない」というのも目的の一つに数えてもいいかもしれないが、しかしそれも最終的には過大な変形を抑制することであり、また、たんにそれだけの目的であれば、( 現在の技術水準から考えて ) 1.5 という安全率はいかにも大き過ぎるだろう。

武藤清「鉄筋コンクリート構造物の塑性設計」 ( 1964・丸善 ) という本の中に、鉄筋コンクリート部材のひび割れに関する以下のような実験レポートがある ( 引用中の括弧内の補足と太字処理は私が付け加えたもの ) 。

( コンクリートにき裂が入り出した時の ) 鉄筋の伸びは 0.02 から 0.03% である。しかし表面を見ていたのではまだき裂は目に見えない。
目に見えるようになるのは鉄筋歪が 0.065 から 0.08% 付近になってからであり、またこのようなき裂では耐久上から見て鉄筋は腐蝕しないといわれている。すなわち長期荷重に対する耐力はこのき裂をいちおうの規準にとるのが適当であるが 鉄筋歪を 0.08% におさえる現在の許容応力度はいちおう肯定してよかろう

注)
若干補足しておくと、鉄筋材料 SD235 の降伏時のひずみは 0.12% とされており、長期許容応力度時の値はこれに 1.5 の安全率を考慮しているので、長期許容応力度に達した時の鉄筋ひずみは 0.08% ということになる。

むろん、上の感想は「後知恵」であり、これを根拠に 1.5 という安全率が決められたわけではない。しかし「変形の抑制」という面からすると、この 1.5 という安全率の値は工学的に見ても「かなりいい線」である、という一つの傍証にはなっているだろう。
実際、この安全率は半世紀以上にわたって使われ続け、その値の大小がが直接間接の原因になって建物に何らかの障害がもたらされた、という事例は聞かない。その事実がこの数字に強い説得力をもたらしている。

もともと、許容応力度計算は「惰性が強い」設計手法である。
ここでは、「長年これでやってきて何の問題も起きなかった」という事実が ( 良くも悪くも ) 最大の説得力をもつ。そんなこんなを考え合わせると、この 1.5 という数字は、一方では「根拠が曖昧」という批判を受けつつも、この設計法が採用され続ける限り見直されることはないのではないか。どうもそんな気がする。

( 文責 : 野家牧雄 )