あまりふれたくない話題 −プログラムの認定制度−

国による構造計算プログラムの「認定」という制度がある。正確には「あった」と言うべきかもしれないが、現実になくなったわけではないのだから、やっぱり「ある」のだろう。
それにしても、このところ、この制度が話題に上ることは少ない。私たちのようなソフトウェアベンダー、構造設計者、あるいは設計を審査する側の人間も含めて、この話題を意識的に避けているような気もしなくはない。一体なぜなのか?

その理由の一つは、現状に何も問題がないからであり、さらにもう一つは、問題がないと知りつつもどこかに釈然としない気持ちを残しているからではないだろうか。ようするに、「釈然とはしないが、かといって現実に何かの問題が起きているわけではない」ということ。

長い間、この制度は「建て前」と「本音」を使い分けながら曖昧に運用されてきた ( たとえば「認定プログラムを使用したものでなければ確認申請を受け付けない」とか、あるいは「利用者証明書」「講習修了証」「図書の省略」というような独特の用語が思い浮かぶが、このあたりについては「フリーソフトで学ぶ建築構造計算」という本の中でふれている )。
しかし皮肉なことに、この制度は、現下のような「あるのかないのか分からない」という状況になって初めて健全に働き出したように見える。以下、そのあたりの事情を振り返ってみよう。

2005 年の耐震偽装事件をきっかけに確認申請手続きの改定が行われ、設計図書の審査が一段と厳しくなったのは周知の通りである。なかなか確認が下りずに工事に支障が出るケースが相次ぎ、そのために倒産する業者も出る始末で、ここから「官製不況」という言葉も生まれたわけだが、そんな中で「プログラム認定制度の見直しを急げ」という声が大きくなった。
これは、使用しているプログラムをより厳格に審査して国が認定すれば、そのプログラムを使用した設計図書については審査を大幅に省略でき、結果として確認審査の「厳格化」と「迅速化」の一挙両得が得られるという考え方である ( 当時の経団連会長がそのような発言をしていたし、国会でもこの問題が取り上げられたように記憶している )。
そもそもこの考え方は、建築構造設計という仕事に対する基本的な誤解あるいは無知から来ているもので、私自身は強い違和感をおぼえていたが、とにかくそのような方向で事態は動き出したのだ。

とりあえず、それまでの認定プログラムはすべて 2007 年の 6 月をもって失効して「ただのプログラム」になった。そして、それに代わって「新しい認定プログラム」が続々と登場するはずだったのだが、この作業は難航した。その最大の理由は、制度を作る側に、建築構造設計あるいは構造計算プログラムというものに対する認識不足があったことにある ( と私は考えている ) 。
しかしようやく 2008 年になって、あるベンダーが開発したプログラムに「認定」が与えられることになった。こうして新しい制度がスタートしたわけだが、しかし、これはあくまでも新制度の「試運転」と考えておくべきものだろう。その証拠に、この制度にかかわるその後の動きは何もなく、そのままの状態が今日まで続いている。
つまり 2008 年から始まった長い「試行期間」がいまだに続いている、というのが現状なのだが、それにしては何の混乱もない。冒頭に述べたように、むしろ以前よりも健全な状態にあるような気がするのは不思議である。

じつは、2007 年から始まるはずの新制度の策定に向けて、その 1 年ほど前から、国交省発の様々な「試案」が複数のベンダー ( 自社プログラムを保有する設計事務所やゼネコンも含む ) 向けに大量に配布された。これは構造計算書の目次構成や出力書式、プログラムのチェックリスト等を含む多岐にわたる内容だったが、その間、ベンダーの側は相応の時間を費やしてプログラムの改定を行ってきた。
自社使用を目的としたプログラムについては把握できないが、少なくとも市販されている構造計算プログラム ( 正確には「一貫計算プログラム」 ) に限れば、これらは基本的に、上のようなプロセスを経て完成したものである。
したがって、これらの構造計算プログラムは、すべて「実質的な認定プログラム」なのだ。
2008 年から続く長い試行期間の間に、認定プログラムの仕様が変わった、という話は聞いていない。少なくとも、そのような公的な文書はどこにもないはずである ( 限定的な範囲で非公式に配布されたものならあるのかもしれないが ) 。
しかし、多くの設計者が一定のルールにしたがった構造計算書を出力して提出すれば、それがごく自然にデファクト・スタンダードになる。引いてはそれが「審査の効率化」をもたらすことにもなるだろう。そして現在、実際にそのようになっているのではないか?

私の回りの構造設計者の中にも、プログラムの認定制度に関して「現状でいいのではないか、別に何も困っていない」と言う人は多い。そんなこともあって、私はこの文章のタイトルを「あまりふれたくない話題」としたのだった。
今頃になって「プログラム認定制度はいかにあるべきか」などという議論を蒸し返し、寝た子を起こすようなことはしてほしくない――たぶん、かなり多くの人たちがそのように考えているはずである。

( 文責 : 野家牧雄 )