続報・気になるニュース −起訴された構造設計者−

東日本大震災の折に、東京都町田市にある量販店の屋上駐車場に向かう斜路が崩落し、死者 2 名を含む計 8 名の死傷者が出た。これに関連して昨年の 3 月に 4 人の建築士が書類送検されたことは 「気になるニュース −書類送検された構造設計者− 」 でもふれたが、昨年の 12 月、そのうちの一人の建築士が在宅起訴された。
ここで注目したいのは、起訴されたのが本件の構造設計を直接担当した一人の建築士だけだった、という事実である。建築構造を専門としていない ( 設計の統括責任者を含む ) 他の建築士については、書類送検はされたものの、起訴にはいたらなかった。

先に紹介したとおり、この事故では、斜路の受け梁を建物本体に溶接されたガセットプレートにボルト接合する、という接合部のディテールに問題があった――地震時に大きなストレスが生じると予想されている部分に相応の補強がなされなかった――とされている。
今回の起訴は、この件が 構造設計上のミス として立証可能であり、かつ この事故を防ぎ得たのは「専門的な知識をそなえた構造設計者」だけである と検察側が判断したことによるものと考えられる。
つまりここでは、構造設計者が担うべき――あるいは少なくとも周囲からそのように期待されている――「専門性」と、その周辺に生じる「設計責任」が問われていることになる。
これに対し当の構造設計者は、報道によれば、「自分は正しい構造計算を行ない、実際に確認申請もおりている」という事実をもって「設計ミスには当たらない」と主張しているようである。

となると、「正しい構造計算」とは何なのかが問題になるが、これを「確認申請」という文脈の中で捉えれば、「建築基準法をはじめとする一般的な設計慣習に則った計算が行われ、かつ計算に使用した諸数値の間に矛盾がないこと」としておいていいだろう。
2005 年の「耐震偽装」事件を思い出してみよう。
この時も確認申請をおろした行政庁の責任を問う訴えが起こされたはずだが、最終的には却下されている。ただしこの時に問題にされたのは「明らかに誤っている構造計算」に対して確認をおろした、という事実だったが、今回の場合は「 ( どこにも偽装の跡がなく、違法な部分もない ) 正しい構造計算」がなされていたと考えられる。その点が大いに違う。
もし、本件の図面を照査した確認審査の担当者が自らの判断にもとづいて申請者に設計のやり直しを求めていたらどうなるだろうか? おそらく、そちらの行為――「正しい構造計算」が行われているのにもかかわらず確認をおろさない――の方が問題にされたのではないか。
そのように考えると、本件に関し、検察側が行政の責任を問うのは難しいと判断したのもうなずける。

今回のような事故を防ぐことができるのは、最終的には「構造設計者のスキル」以外にないだろう、と私は考えている ( ただし個人のスキルには限界があるので、制度的には「できるだけ複数の専門家がそこに関わる」という環境が求められるだろうが )。
しかし問題なのは、現在の構造設計者が「確認申請をスムーズに通す」という作業に多くのリソースを振り向けざるをえない、という状況である。とくに 2007 年に始まった「確認審査の厳格化」以降、そのような傾向が加速している気がして仕方がない。
いや、それは「問題」ではなく「当然のこと」だろう、という反論があるかもしれない。ようは「程度の問題」なのだが、しかし構造設計者が本来発揮すべき「専門性」が「確認申請をスムーズに通す」という命題のために歪められているとしたら、それはやっぱり問題ではないか。

本件の場合、最も望ましい設計は建物本体と斜路を完全に切り離すことである。
これについては異論がないはずだが、ただしこの場合、斜路は「建築物」ではなく「工作物」ということになるだろうから、そのあたりの手続き上の問題が生じるかもしれない。またそもそも、建築の担当者はそのような設計をいやがるはずだから、両者の力関係によって押し切られてしまうことはあり得る ( 私のこれまでの経験上 )。
では次善の策として、斜路の梁を建物本体に剛に取り付けて「一体の建物にする」というのはどうだろうか?
先にふれたように、もしこの梁を剛に取り付けていたら、それによって構造物の冗長性が増すので、少なくともこれほどまでの事故には至らなかったはずである。しかしこんどは「構造計算上の問題」に遭遇することになる。
斜路を含めた構造物全体を「建物」として扱おうとすると、いわゆる「一貫計算プログラム」の中での斜路部分の入力がうまくいかない。この部分は一般の建物を構成する「階」とか「軸」とかの概念から外れてしまうため、たとえば法令が求めている「剛性率」とか「偏心率」とかの値をどのように計算したらいいか分からないのだ。
結局は手計算その他を駆使して自分なりのロジックを組み立てるしかないのだろうが、しかしそれが「正しい構造計算」であることを建築確認の審査官に納得させるのは相当骨が折れそうである。考えただけで気が重くなる。

お断りしておくが、私は本件の構造計算書を見たわけではない。だから実際にここでどのような計算が行われたのかは知らないのだが、一般論としていわせてもらえば、このような場合に最も「うまくいく」のは付属物 ( 斜路 ) の梁を建物本体に「ピン接合」することである。
こうすることによって斜路部分は建物の「付属物」になり、「鉛直荷重は建物に負担させるが、建物全体の挙動には影響を与えない」ことになる。実際はどうなのか、はよく分からない。しかし少なくとも「構造計算上」はそのような扱いが慣習的に許容されており、このようにして「どこにも矛盾がない正しい構造計算書」が出来上がることになる。
繰り返すが、今回の件がそうであったのかどうかについては私はよく知らない。
しかし今回の事故から 「正しい構造計算」は必ずしも「建物の安全性」を担保しない という教訓を引き出しておくことは構造設計者にとって無益ではないと思う。

( 文責 : 野家牧雄 )