建物の固有周期について考える

小社のプログラムサポートあてに、建物の固有周期の算出に使用する「建物の高さ」のとり方について質疑があった。屋根が山形になっている場合、建物の高さとして「高い方」と「低い方」のどちらを採用すべきか、という内容である。
一般には低い方 ( = 軒高 ) でいいような気がするが、「 2007年版 技術基準解説書」には、このような場合は「平均高さをとること等が考えられる」とある ( p.266 ) 。「・・・等が考えられる」と語尾を濁していることからも分かるように、別に「そうしなければならない」といっているわけではない。このあたりは「場合によりけり」と考えておくべきだろう ( 当たり前のことかもしれないが ) 。
ところで、1981年の新耐震設計法の施行当時、この「固有周期算出時の建物の高さ」の解釈について、設計者の間でいろいろと議論があったことを思い出す。具体的にいうと、ここにパラペットの高さを含めるべかどうか、という問題で、

  1. 法律にある「建物の高さ」はつねに建築基準法上の定義を指すのだから、計算ルートの判定時と同様、パラペットの高さを含んだ値を採用すべきである
  2. パラペットの高さが建物の固有周期に影響を与えるとは考えるのは工学的におかしいから、やはりここでは「最上階の梁の上端」をとるべきではないか

という二つの解釈があった。しかしいつの頃からか、「パラペットは含めない」の方が通説になり、ある時期以降、いわゆる「黄色本」にもそれが明記されるようになったのは周知の通りである。

それにしても、ここにある「建物の高さに 0.02 ないし 0.03 を掛けたものを固有周期にする」という考え方は、「大胆」といえるほどに大雑把もしくは粗雑なものである。
1981 年当時の状況を考えれば、この規定を作る際に「電卓でも計算できるように」という配慮がなされたことは間違いないだろう。新耐震設計法の施行が 10 年ほど遅かったならば、この規定は、「原則として固有値解析によるが、やむを得ない場合は略算でもよい」となっていたかもしれない。
たとえば共同住宅のような、梁間方向がほとんど耐震壁、桁行方向がほぼ純ラーメンというような構造物の場合、もし精算で求めたならば、両方向の固有周期が倍以上違っていても全然おかしくはない。しかし略算式によれば、一つの建物には一つの固有周期しかないないことになる。

そうなってくると、この「略算による固有周期」とはそもそも何なのか、ということになる。
周知のように、この値は振動特性係数 Rt および層剪断力の分布係数 Ai を求める際の基礎データとして使われるものだ。大崎順彦・渡辺丹 編著「実務家のための建築物の耐震設計法」( コロナ社・1981年 ) という、新耐震設計法の啓蒙書ともいうべき本があるが、この中で、Rt の式が定められた経緯について下のように解説されている ( P.75 )。

振動特性係数 Rt は ( 中略 ) 元来は加速度応答スペクトルの形と相似であり、建物の固有周期と1対1に対応するものである。ところが、地盤のスウェイ・ロッキングの影響や、建築物の壁量の多少による影響もあって、この真の1次固有周期を正しく、かつ容易に算定することは困難で、2 〜 3 割、計算法によっては 5 割以上も真の値と差異を生ずる。この算定した1次固有周期のゆらぎが振動特性係数 Rt の値に大きく影響するようでは実施設計に支障をきたすことになる。従って振動特性係数 Rt を定めるにあたっては、この計算で求めた1次固有周期の値の「変動」にあまり影響を受けないものが望まれる。

ここから、新耐震設計法の設計地震力とは「略算による固有周期」をベースとし、その粗雑さに見合うように「ざっくり」と作られたものである、ということが分かる。
もちろんここでは、精算によって固有周期ならびに Rt を求めることを否定しているわけではない。しかしこの場合でも、「ざっくり」と作られた値の 75% を下回るような地震力を設計に使用してはならない、というふうにクギを刺している。このあたりにも、新耐震設計法のコンセプトとでもいうべきものが窺われるのではないだろうか。

現在の多くの構造計算プログラムでは、建物の固有周期の算定法に「精算」「略算」というオプションが設けられているはずである。しかし、だからといって、ここで「精算」を選んだから「正しい答え」が得られるのかというと、必ずしもそういうわけではない。その理由は、ここまで書いてきたことから察してもらえるだろう。
先の引用分中にもある通り、一概に「精算」といっても、そこにどのような条件――地盤や杭の変形の考慮その他――を与えるかによって答えが違ってくるのだから、何をもって「正しい」とするのかは非常に難しい。コンピュータ万能の時代になっても、いまだに「略算による固有周期」の方が重宝される理由は、おそらくそのあたりにあるのではないかと思う。
それはそれで特段の問題はないのだろうが、それにしても、この略算値がどれくらい的を得たものなのか、あるいはどれくらいの誤差をもつものなのか、ということぐらいは頭に入れておきたいものである。

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