保有水平耐力の守備範囲

これまで、下にあるような「建物に作用する水平力と変位の関係」の図を何度も使い回してきましたが、ところで、これは一体どういう建物についてあらわしたグラフなんでしょう?

もちろん、見てのとおりの「平屋の建物」です。「水平力」とは建物の屋根の位置に作用する力であり、「変位」とは屋根の床の移動量のことです。
しかし言うまでもなく、「保有水平耐力計算」は平屋の建物だけを対象にしているわけではありません。
多層の建物であっても、この計算法を「各階ごとに独立して適用することができる」としています。ということは、ここでは、多層の建物を「平屋の建物が積木のように縦に重なったもの」と考えているのでしょうか?
・・・違います。じつはその正反対で、

多層の建物でも、強震時にあたかも平屋のようにふるまうのであれば、これを各階ごとに独立して適用することができる

と言っているのです。

ここまで、建物の保有水平耐力をもとめる手法としての「節点振り分け法」や「増分解析法」を紹介してきましたが、しかし、これらは 1981 年に施行された「保有水平耐力計算」の発明品でありません。その昔から存在していた解析手法です。
その名前とは裏腹に、「保有水平耐力計算」の中核をなしているのは「保有水平耐力のもとめ方」ではありません。
必要保有水平耐力、もしくはその根拠となる構造特性係数のもとめ方こそがこの計算法の主要なテーマなのです。そして、その理論的な根拠になっているのが先に述べた「エネルギー一定則」ということになりますが、厳密にいえば、これは平屋の建物にしかあてはまらない考え方です。
したがって、上で「適用することができる」としているのは、この「エネルギー一定則」を多層の建物に拡張して適用できるための条件、ということになります。

では、この「あたかも平屋のようにふるまう」とはどういう建物なのか?
簡単にいえば「柱が上から下まで通っている」ような建物、もう少し具体的にいうと「中間階の柱にヒンジ(関節)がなく、梁の側にヒンジができる」建物、つまり「梁降伏型」の建物、ということになります。
その反対は「柱降伏型」で、こちらは「各階がバラバラにふるまう」建物です。

上のような建物の各階の水平力と変位の関係のを一つの図に重ね合わせてみると、たぶん、下のようになるはずです。梁降伏型の場合は各階が「ほぼ相似形」で、柱降伏型の場合は「バラバラ」になります。

これが相似形だとどうなるのかというと、

強震時に建物の各階の塑性化がほぼ同程度に進行し、ほぼ同時に最大耐力(保有水平耐力)に達する

ことになります。
「あたかも平屋のようにふるまう」とはそういう建物のことです。

ここから、「保有水平耐力計算」を何の留保もなく堂々と適用できる多層の建物とは以下のようなものであろう、ということが分かります。

  1. 各階の剛性が均一である
  2. 各階のエネルギー吸収能力が同程度である
  3. 梁降伏型である

しかし、あらゆる建物にそのような理想的な条件をもとめるわけにもいきません。そこで登場してくるのが、すでにご存知の「形状係数」であり、「構造特性係数」なのです。

各階の立面的あるいは平面的な剛性に不均一があると、ある特定の階の塑性化が突出して進行するおそれがあるので、所定の係数をもちいてその階の耐力を上げることにより、すべての階の塑性化が同程度に進行するように調整する・・・これが形状係数
ある階のエネルギー吸収能力が乏しいと、その階の塑性化が突出して進行するおそれがあるので、所定の係数をもちいてその階の耐力を上げることにより、すべての階の塑性化が同程度に進行するように調整する・・・これが構造特性係数
結局、

形状係数や構造特性係数は、強震時の建物の安全性を確保することを目的としたものであるが、同時に、「保有水平耐力計算」の理論的根拠である「建物の各階が同程度に塑性化し、ほぼ同時に最大耐力に達する」という大前提を担保する役割を担うものでもある。

ということになります。つまり、これらの係数によって、「保有水平耐力計算」のフィールドから外れそうな建物を再び引き戻そうとしているのです。

しかし、そうは言ってみても、「モノには限度があるでしょう」というのは誰しもが思うところで、たとえば、典型的な柱降伏型とされる、下図のような「ピロティ形式」の建物を考えてみてください。

このような建物に、いくら形状係数だの構造特性係数だのを適用してみたところで、「建物の各階が同程度に塑性化し、ほぼ同時に最大耐力に達する」ようにするのは難しかろう、ということは容易に想像できます。
しかしその一方、どこかに「保有水平耐力計算」の守備範囲とでもいうべきものが明記されているのかというと、そういうわけではありません。ある意味、これは「万能のツール」とされていて、上図のような建物でも最終的な「OK」あるいは「NO」を出すことができるように作られています。
しかし、ここまでの話から分かるように、このような建物に対して「保有水平耐力計算」が出してきた答えは非常に疑わしいのです。注)

注)
技術基準解説書の「付録 1-6 ピロティ形式の建築物に対する耐震設計上の留意点」には、このような建物を「保有水平耐力計算」のフィールドに引き入れて処理するための方法が紹介されています。
しかし、このような建物を「保有水平耐力計算」のフィールドに無理やり引き入れるよりは、「保有水平耐力計算の守備範囲」とでもいうべきものを明らかにしてもらうことの方が設計者にとって有用ではないのか、と私は考えるのですが・・・。

では、どうしたらいいか?
別な方法を使うのが最良の選択であろう、と私は思います。
「強震時の建物の安全性を確認する方法」は何も「保有水平耐力計算」ばかりではないのです。
「限界耐力計算」であれ「エネルギー法」であれ、あるいは場合によっては「時刻歴応答解析」であれ、幸いなことに、この国の耐震設計には複数のメニューが用意されているのですから、話はいたって簡単で、「その建物にもっとも適したツール」を使えばいいのです。
・・・そうは言ったって、行政手続き上の問題があるではないか、という反論があるかもしれません。それはその通りなんでしょうが、しかし残念ながら、その話題は本コラムの守備範囲ではありません。

- 終わり -
( 文責:野家牧雄 )