せん断力はなぜ「Q」なのか

世の中が「耐震偽装」のニュースで賑わっていた頃、新聞紙面上に、保有水平耐力をあらわす「Qu」あるいは「Qun」のような意味ありげな記号がしきりに飛び交っていました。そんな折、私たちの会社に(建築とはまったく関わりのない職業の)ある方から電話があり、「あの Q とはいったい何の略か?」とたずねられたことがあります。
設計業務を行っていないとはいえ、私たちの会社は建築構造に関わる仕事をしており、世間から見れば「建築構造の専門家集団」と見えるのでしょうが、しかし正直なところ、私はその答えを知りませんでした。
するとその方は、じつはあらかじめ調べ上げていたらしく、「これはドイツ語の Querkraft(クヴェールクラフト = せん断力・横力)の略である、間違いない」とおっしゃいます。
たとえば「Rahmen(ラーメン)」という建築用語がドイツ語であることからも分かるように、初期の建築工学がドイツで発展したことを考え合わせれば、なるほど、これはいかにもありそうなことです。というか、ほぼ間違いのない答えであろう、という気がします。

そんなこともあって、建築構造関連で使われる代表的な用語をアルファベット順に A から Z まで取り上げ、「これはいったい何の略なのか」を考えてみることにしました。
しかしやり出して見ると、これがなかなか一筋縄ではいきません。
というのも、こういう類のことは、よほどのものでない限り何かの文献に載っているわけではなく、「本当はどうなのか」を確かめようがないものなのです。とくに、昔から慣用的に広く使われているものほどその出所が分からない、という傾向があるようです。その上、「誰かの気まぐれ・思いつきで命名され、いつのまにか定着した」ということだってないとは言えず、そうなったら「何の略なのか」を考えること自体が無意味になるでしょう。

そういうわけなので、最初から言い訳めいて恐縮ですが、以下の駄文には「よく分からない」というフレーズが頻出していますので、その点はご容赦ください。また、「半可通の知ったかぶり」的な「赤面もの」の間違いがあるかもしれませんが、お気づきの点についてはご教示いただければ幸いです。


A
これが単独で使われる場合の多くは Area ( 面積 ) で、「断面積」の意。
「Ai分布」は建物に生じる地震加速度の分布をあらわすものなので、 Acceleration ( 加速度 )。注)

注)
・・・というふうに私は長年思い込んでいたのですが、石山祐二著「耐震規定と構造動力学」(P.47)によれば、これは Amplification ( 増幅 ) の略らしい。

a
鉄筋の断面積を小文字で at などと表記するこが、この a は前項と同じ。
添字として a が使われる場合は Allowance ( 許容 ) の略で、たとえば、Ma なら「許容モーメント」。


B
これが単独で使われる場合は Breadth ( 幅 ) の意。小文字で使われることも多い。
参考までに、地下階をあらわす時に B1などと表記するが、これは Basement ( 地下室 ) のこと。
b
添字として使われる場合は bend ( 曲げる ) の意で、たとえば σb なら「曲げ応力度」。
コンクリートの許容付着応力度のことを fb とあらわすが、こちらは bond ( 接着する ) の方。


C
建築構造技術者なら、CMQ(シーエムキュウ)と聞いただけですぐに「荷重項」のことと分かるはず。このうちの C は「固定端モーメント」だが、この C が何の略なのかは難しい。 Q と M がドイツ語とすれば当然 C もドイツ語のはずなので、「固定」とか「端部」とかを意味する単語を和独辞書であたってみたが、収穫なし。
この記号の使われ方でもう一つポピュラーなのが「層せん断力係数」。しかし「層」も「せん断力」も、一見 C とは関係なさそうである。そう言えば、「風力係数」にも C の記号が使われているが、これらの事実を考え合わせると、これは Coefficient ( 係数 ) の略である可能性が高い。
もしかすると、「無名数の係数で命名に困ったなら、とりあえず C にしておくのが無難」という慣習があるのかもしれないが、しかし一般に、 C は Constant ( 定数 ) の意で使われる ( 一番有名なのは E = m・c2 注) ) ので、多少紛らわしい。

注)
これも私の思い違いでした。 E = m・c2 の c (光速)はラテン語で「敏速」を意味する言葉に由来しているらしい。

c
添字として使われる場合は Compression ( 圧縮 ) の意が多く、たとえば σc なら「圧縮応力度」。
コンクリート強度をあらわす Fc の場合も同じかもしれないが、あるいは、ただ単純に Concrete ( コンクリート ) のことかもしれない。
これを Column ( 柱 ) の意で使ったのが「柱量 Ac」。
あまり頻度は多くないが、Center ( 中央 ) をあらわす添字として使われることがある。たとえば Mc なら「中央部のモーメント」。


D
これが長方形の断面形状に対して使われる場合は Depth ( せい、丈 )。円形のものに対して使われる場合は Diameter ( 直径 )。
かつては地震時応力計算の代名詞のように使われていた「D値法」。この「D値」とは「横力分布係数」のことなので Distribution ( 分布 ) 。
構造特性係数 Ds の場合は Ductility ( 延性、柔軟性 )。
d
部材の「実断面のせい」をあらわす D に対し、構造計算上の「有効せい」には d の記号が用いられるが、これは D の縁戚関係。
変位量あるいは変形量をあらわす時に d を使うことがあるが、これは Displacement ( 変位 )、ないし Deformation ( 変形 )。
添字としてよく使われるのは Design ( 設計 ) の意で、たとえば Md なら「設計モーメント」。


E
構造力学の分野では「ヤング係数」をあらわす大事な記号。この「ヤング」は英国人学者の名前 ( Young ) なので、だったら Y でもよさそうな気もするが、これは別名「弾性係数」とも言われるので、英語の Elastic modules からきたものか。あるいは、ドイツ語で「弾性」のことを Elastizitat というらしいので、こちらかもしれない。
これを Earthquake ( 地震 ) をあらわす修飾辞として使う場合があり、たとえば ME なら「地震時のモーメント」。
e
単独で使う場合は「偏心距離」の意で使われることが多いが、これは Eccentric からきている。「エキセントリック」という言葉は日本でもよく使われるが、ようするに「常軌を逸した、つまり中心をはずれた」もののこと。偏心による形状係数 Fe の e もこれ。
ただし、添字として使われる場合の多くは Effective ( 有効な ) で、たとえば Ae は「有効断面積」。


F
鋼材の F 値とか、あるいはコンクリート強度をあらわす Fc のように、多くの場合、これは Force ( 力、強さ ) の意と考えられる。
普通コンクリートの場合は Fc といい、軽量コンクリートの場合は Lc というが、この L は明らかに Light ( 軽い ) のことと思われるので、そういう意味では、Fc の F が Force ではおかしい気もするが、Lc という表記が後から便宜的に考え出されたものとするなら、あまり悩んでもしょうがないかもしれない。
偏心率や剛性率による形状係数のことを Fe あるいは Fs のようにあらわすが、これは「形状」なのだから Form ( 形、あるいは型 ) のことか。あるいは、もう一つの解釈として、Function ( 関数 ) というのもありそう。Fe とは本当は F(e) のことで、つまり、「e をパラメータとした関数が返す値」である、という解釈。
f
許容応力度をあらわす記号として頻繁にもちいられるが、これは上記の Force であろう。


G
構造力学でこれが単独で使われる場合は「せん断弾性係数」をあらわすが、これに該当するようなもので頭文字に G があるのはドイツ語の Gleitmodul しか見当たらないので、たぶんこれ。この値はヤング係数 E とセットで使われることが多いので、これがドイツ語なら、E も ( 英語の Elastic ではなく ) ドイツ語の Elastizitat の方か。
分からないのは、これを「固定荷重」の意味として使う用法。ご存知のとおり、建築基準法施行令をはじめ、構造計算の教科書などでも頻繁に使われている。ただし、日本建築学会「建築物荷重指針」では、版の違いにより以下のように記号が変遷している。

G (1981年版) → D (1993年版) → G (2004年版)

このうち、1993 年版の D の出所が Dead Load であることは分かる(本文中に記載されている)が、これが 2004 年版で G に戻ったのは「国際規格との整合を図るため」とされている。しかし、その「国際規格」がどのようにして作られたのかがよく分からない。
それから、建物の重心位置をあらわすのに G という記号を使うことがある。こちらは Gravity ( 重力 ) のことで、ちなみに、「重心」は Center of Gravity 。
g
あまり多くはないが、Global ( 全体の ) の意をあらわす添字して使われることがある。たとえば、 ag は「全鉄筋断面積」。


H
多くの場合、これは Height ( 高さ ) の略。小文字で使用される時も同じ。
構造力学では、水平方向の力をあらわす記号として使われることがあるが、これは Horizontal ( 水平の ) のこと。


I
断面二次モーメントをあらわす記号として使われるが、「慣性モーメント」という呼び方もあるので、あるいは Inertia ( 慣性 ) の略か?
i
これが添字になっている場合、多くは「カウンタ」として使われる。建築構造関連で有名なのは「Ai 分布」だが、これは「1階、2階、3階... 」のこと。Qi、Ci などもこれに同じ。
では、なぜ i がカウンタなのかというと、プログラム言語の繰り返しループ内でこれをカウンタとしてことが多かったため、という説がある。さらに、ではなぜそれが i なのかというと、Integer ( 整数 ) からきている、という説が有力。
これを単独で使うと「断面二次半径」だが、これは I の縁戚関係であろう。


J
これ一文字で「サンブナンのねじり定数」をあらわすが、なぜ J なのかは皆目分からない。サンブナンという名前からするとフランス人みたいだが、もしかしてフランス語?
j
これ一文字で「応力中心間距離」をあらわすが、なぜ j なのか、これまた分からない。


K
建築基準法施行令ではこれを「地震荷重」の略として使っている。また、建物等に作用する「震度」の意味でも使われるので、これが地震力をあらわす記号として広く使われていることは間違いない。その理由についてはよく分からないが、とくに「地震」ということにこだわらず、「力」「運動」を意味するドイツ語の Kraft が元になっていると考えてもよさそうな気もするが、確証はない。
ちなみに、日本建築学会「建築物荷重指針」の 1993 年版以降では、地震力をあらわす記号として E が採用されており、こちらは Earthquake の略なので大変分かりやすい。
それから、構造力学で「剛性」をあらわす記号としてこれ(小文字の場合もあり)がよく使われる。これまたよく分らないが、あえてこじつければ上記の Kraft あたりか?


L
これは Length ( 長さ ) の意でさかんに使われる。小文字の場合もある。
空間的な長さをあらわすことが多いが、時間的な長さをあらわす場合は形容詞 Long ( 長い ) で、「長期」をあらわす修飾辞として使われる。たとえば ML は「長期モーメント」。


M
これは構造技術者には「おなじみ」の記号で、いうまでもなく Moment ( 曲げ )。
ただし、このコラムの表題にあるように、Q がドイツ語ならば M もドイツ語ではないか、と思いつつ調べてみたら、ドイツ語でもやっぱり Moment でした。
m
一般には Mass ( 質量 ) の意味で使われるが、通常の建築構造計算ではあまりお目にかからない。


N
力の単位の Newton ( ニュートン ) については言うに及ばず。
これが「軸力」の記号として使われていることはご存じの通り。構造力学では、M・N・Q の三点セットで使われることが多いので、M と Q がドイツ語なら N もドイツ語のはずである。これは Normalkraft の略。
地盤の固さをあらわす「N値」というのがあるが、この N は何だろう? 定義としては、「標準貫入試験におけるハンマーの打撃回数」ということになるので、この「回数」にこだわれば Number だが、これではあんまり素っ気ないか。
n
「 an + bn = cn において n が 3 以上の時・・・」というように、一般に n は「数」をあらわす記号として使われる ( たぶん Numeric の略)。
雑壁の剛性計算に通称「 n 倍法」という考え方が採用されることが多いが、この n は明らかにそういう使い方であろう。
必要保有水平耐力 Qun の n は Necessary ( 必要な )。


O
これが記号として使われることは、まず、ない(たぶん数字のゼロと間違いやすいから)。


P
構造力学では、一点に集中して作用する荷重(外力)の記号としてよく用いられるが、これは Press ( 押す ) あたりか?
固定荷重を G であらわす理由が分からないことは先に書いたが、同様に分からないのが積載荷重を P であらわすこと。この記号は建築基準法施行令をはじめとして頻繁に使われるが、日本建築学会「建築物荷重指針」では、版の違いにより以下のように記号が変遷している。

P (1981年版) → L (1993年版) → Q (2004年版)

このうち、1993 年版の L の出所が Live Load であることは分かる(本文中に記載されている)が、それ以外は全然分からない。ちなみに、2004 年版から Q になったのは「国際規格との整合を図るため」とされている。
p
鉄筋コンクリート構造物の「鉄筋比」にこの記号を使う(たとえば「引張り鉄筋比」をあらわす pt )が、とりあえず思いつくのは Percentage ( パーセンテージ ) くらい。たしかに、この値は「パーセント」単位であらわされることが多い。
また、添字として使われる場合は Plastic ( 塑性 ) の意で使われることが多く、たとえば Mp は「塑性モーメント」。


Q
冒頭に述べたように、これはドイツ語の Querkraft ( せん断力 )。
q
昔から風の速度圧の記号として q が使われているが、理由は不明。


R
構造力学ではこの一文字で「反力」をあらわすことがあるが、これは Reaction ( 反発、反作用 )。
最も多いのは Ratio ( 比 ) の意で無名数に使われるケースで、偏心率 Re、剛性率 Rs などはこの類。
構造特性係数 Rt は応答スペクトルから求められる値なので、これは Response ( 応答 ) か。ただし、これは応答値そのものではなく、加速度応答値の比をもとにした無名数なので、単なる Ratio の可能性もある。
鉄筋コンクリートをあらわす RC は Reinforced Concrete の略。これを直訳すると「補強されたコンクリート」で、どこにも「鉄筋」の意味はない。そのため、「鉄筋コンクリートという訳語はそもそもおかしい」という意見が昔からあるらしい。
r
耐震壁の開口低減率の記号として使われるが、これもやはり Ratio であろう。
これを記号の冒頭にかかげて Required ( 必要とされる ) の意で使うことも多い。たとえば rat なら「必要鉄筋断面積」。
その他、Resistance ( 抵抗 ) の意で使われこともあり、たとえば Mr は「抵抗モーメント」。


S
「積雪荷重」の意味で使われる場合は、もちろん Snow ( 雪 ) 。
修飾辞として Short ( 短い ) の意で Long ( 長い) とセットで使われることがあり、たとえば MS なら「短期のモーメント」。
鉄骨造の部材あるいは建物をあらわすのに S の記号を使うが、いうまでもなく Steel ( 鋼鉄 )。
ついでに、SI 単位系の SI はフランス語の Systeme International で、英語にすれば International System ( 国際的システム )。
s
せん断力をあらわす添字は、なぜか英語の s で、これは Shear force ( せん断力 )。たとえば σs は「せん断応力度」。
剛性率 Rs は、たぶん、その名のとおりの Stiffness ( 剛性 )。構造特性係数 Ds の s も、おそらくは同じ。


T
構造力学では多くの場合 Tension ( 引張り ) の意味で使われる。
建物の固有周期を T とあらわすが、一般に、単位が「時間」であるものは Time ( 時間 ) の意で T と表記することが多いので、おそらくその類。
t
単独で使われる場合は板状のものの「厚み」をあらわすことが多いが、これは Thick ( 厚い ) の略。
これを添字として使う場合は、ほとんどが Tension ( 引張り ) の意。たとえば σt は「引張り応力度」、at は「引張り鉄筋の断面積」。
振動特性係数 Rt は固有周期をパラメータとするものなので、この t は、やはり上記の「固有周期」のことなのではないか。つまり、「固有周期をパラメータとする応答値、あるいは応答値の比」の意味。


u
大文字の U が使われるものはすぐには思い浮かばないが、小文字の u ならほとんどが Ultimate ( 極限 ) の意味で使われる。
たとえば Mu なら極限のモーメント、つまり「終局モーメント」、Qu は極限の水平力あるいはせん断力、つまり「保有水平耐力」あるいは「終局せん断力」。


V
構造力学では垂直方向の力を V であらわすことがあるが、これは Vertical ( 垂直 ) のこと。小文字で添字として使われる場合も同様。
「速度」は一般に V の記号であらわされ、建築構造計算では「風速」の記号として使われるが、これはVelocity ( 速度 )。


W
「風荷重」の意味で使われる場合は、もちろん Wind ( 風 ) 。
鉛直方向に作用する荷重をあらわすのにこの記号がよく使われるが、これは Weight ( 重さ )。各階の建物重量を Wi とあらわすが、この W も同じ。
w
大文字の W が「総荷重」をあらわすのに対し、これを小文字で使うと(慣習として)「単位面積、あるいは単位長さあたりの荷重」になるが、これも Weight の意。
これを Wall ( 壁 ) の意味で使ったのが「壁量 Aw 」。
せん断補強筋の鉄筋比は pw、せん断補強筋の強度は wft とあらわし、いずれも w が使われるが、この w は何だろうか? おそらく、「せん断」ではなく「補強」の方の意味をあらわしているのだろうが、よく分からない。


X , Y
おそらく、構造計算書に最も多く登場する記号で、言うまでもなく、直交座標系における座標軸の方向をあらわす。創始者の名前を冠して別名「デカルト座標」ともいうが、そもそも、アルファベットの最後の方の X とか Y を「未知数」の記号として最初に用いたのもデカルトらしい。したがって、これについては「なぜそうなったのか」を考えても無意味。
x , y
これも添字として頻出するが、上と同様の意味。
y の方は Yield ( 材が降伏する ) の意で使われることがあり、たとえば My は降伏モーメント。


Z
構造力学では「断面係数」をあらわすが、これがなぜ Z なのかは不明。ちなみに、「断面係数」は英語では Section modules で、Z を連想させるものは何もない。
建築構造計算では「地域係数」の意で使われるが、これは間違いなく Zone ( 区域、地域 ) であろう。


(文責 野家牧雄)