電卓で構造計算 - 擁壁編 その2

載荷重

擁壁の背面地盤上に作用する積載荷重のことで、「表面載荷」「過載荷重」などとも呼ばれます。
道路土工指針では、背面地盤が車道になっている場合は「 1平方メートル当たり 10 kN を見込む」とされていますが、これは車両の重量と投影面積から算定されたもののようです。
たとえ車道でなくても、工事に際して重機が載ることは十分に考えられるので、やはりその程度の荷重は見込むのが通例です。また、木造の家屋等が建てられている場合も、( 設計の慣例として ) この程度の荷重を考えます。
どうやら、「10 kN/m2 の載荷重」というは擁壁設計の「定番」のようです。

試行くさび法

「試行くさび法とクーロン式はどのように違うのか」という質問が時々あります。
ここに「試行」とか「くさび」というような聞き慣れない単語が入っているため、これを何か特別な手法であると考えがちですが、じつは、試行くさび法とクーロン式は同じものなんです。
そのあたりを、下図にあるような重力式擁壁を例にとって説明しましょう。



背面の地盤によって押し出され、擁壁が転倒しようとする「直前」の状態を考えるてみると、ここには二つの「滑り面」が想定されます。
一つは壁体と地盤の間の滑りで、もう一つは地盤そのものの滑りです。ただし後者については、どこにその滑り面があるのかは分かりません。分かっているのは、この滑り面が水平面に対してなす角度 ω
  • 地盤の内部摩擦角 φ よりは大きい ( 前回説明したように、傾斜角が内部摩擦角以下であれば地盤は安定する )
  • これが 90 度を超えることはない
ということだけです。
そこで、上の範囲の適当なところに滑り面を仮定した上で「滑り出す直前の状態」を考えてみます。ここで滑り出そうとしているのは、上図に示すような、「壁体」「地盤の滑り面」「地表面」の三辺で形成される三角形の土塊です ( ご覧の通り、これは「くさび」の形をしている ) 。

次に、この土塊の各辺に作用する力の釣り合いを考えてみます。
まず土塊の重量 W ですが、これはもちろん、鉛直方向に作用します。
壁面に生じる反力 P ( これこそが私たちが求めようとしている「土圧」の値です ) は壁面に直交する方向に作用しますので、壁面に傾斜 α があれば、その分だけ水平面に対して傾斜する。さらにここには、 ( 前回説明したような ) 壁面摩擦角 δ が存在するので、最終的な傾斜角は α + δ です。
最後は土塊の下面にある土からの反力 R です。これは滑り面に直交する力で、鉛直面に対して ω の角度をもちますが、土の内部摩擦角 φ により、結果としては ω - φ の角度になります。

これらで形成される力の三角形を描いたのものが上図の右ですが、ここにある幾何学的な関係から ( 詳細は略しますが ) 土圧 P は以下のように表されます。これが土圧を求めるための基本式です。
   
上式の W は土の単位体積重量をもとに幾何学的に求められます。つまり上式の右辺の中で、滑り面の角度 ω 以外はすべて既知の定数です。したがってここから、 「土圧 Pω を変数とする関数である」という結論が導かれることになります。
すると次の問題は「どれが本当の P なのか」ですが、ここで、
土圧 P の最大値を与えるような ω が「本当の滑り面」で、その時の P が「本当の土圧」である
と考えることにします。これは理に適っているでしょう。
さきほど、試行くさび法の「くさび」の意味についてはふれました。もう一つの「試行」の方ですが、これは上に述べたような「滑り面の角度をいろいろ変えて試行錯誤的に土圧の最大値を求める」という意味なのでした。

それにしても、電卓を手にしながらこのような試行計算を繰り返すのは大変です。そこで当然ながら、もっとスマートに求めることはできないか、と思案することになります。
さきほど、「 Pω の関数である」と書きましたが、ここで横軸に ω ・縦軸に P をとった座標上にこの関係を表わすと下図のようになります。
   
ここから分かるように、「 Pω で微分し、その値が 0 になる時の P を求めればよい」のです。こうすれば試行錯誤を行うことなく、数値解析でただちに土圧を求めることができる。そしてまさしく、そのような処理を行って造られたのが「クーロンの土圧公式」だったのです。
冒頭に「試行くさび法とクーロン式は同じものである」と書きましたが、その理由がこれでお分かりいただけたと思います。

ところで、そういうことになると、「そもそも試行くさび法なんて必要ないのでは ? 」という疑問もわいてくるでしょう。たしかに、背面地盤が水平であれば試行くさび法はいりません。また、地盤が傾斜していたとしても、その傾斜がどこまでも無限に続くのであればクーロン式で計算できます。
しかし実際には、「傾斜がどこまでも無限に続く」ということはありません。どこかで平坦になるはずです。つまり下図のようなケースですが、この場合は理論式によって土圧を求めることができないので「試行くさび法」が使われるのです。

   

逆T形擁壁の場合

前項では重力式擁壁を例にあげて土圧の求め方を説明しましたが、では、底版 ( かかと板 ) のある逆T形の擁壁ではどう考えるのでしょうか ?
話をわかりやすくするために、ここでは下図にあるように、壁面コンクリートが鉛直で背面地盤が水平、という条件で説明します。
  
最も単純なのは図の ( a ) で、これは擁壁の壁板だけを取り出して重力式擁壁と見なすものです。
この場合、土圧の作用角は壁面摩擦角 δ になります。以前はこの考え方がよく使われましたが、しかし地盤が傾斜している場合、この考え方は明らかに土圧を過小評価することになります。そんなこともあり、現在ではあまり使われません ( ただし壁体の断面計算用の土圧を求める場合はこの考え方によります ) 。

現在最も多く使われるのは ( b ) の考え方でしょう。
これは、底版の後端を通って地盤麺に達する鉛直線を引いて 仮想背面 とするものです。これは 仮想壁面 と呼ばれることもありますが、この呼び方の方が分かりやすいかもしれません。つまり、図のハッチ部分を含めた全体に対して前項の考え方を適用し、土圧を求めようとするのです。
ただし「壁面」とはいっても、実際には「土」ですから、ここには壁面摩擦角は生じません。地盤に傾斜がなければ土圧は水平に作用します ( 地盤に傾斜がある場合はそれと同じ傾斜角で作用すると考える ) 。

( c ) の考え方は、仮想壁面を、底版後端と壁体の頂点を結んだ位置にとるものです。何となく、これが一番実状に近いような気がするのですが、計算が煩雑で分かりにくいためか、あまり使われてはいないようです。

( その 3 につづく )

( 文責 : 野家牧雄 )