剛性率が分からない

前回は偏心率について調べたので、「ついでに剛性率の方も」ということで調べ始めたが、結局、こちらについてはご覧のようなタイトルにせざるを得なかった。
まず「剛性率 0.6 」という制限値の根拠だが、これがいくら調べても分からない。
剛性率という値は 1981 年の新耐震設計法の施行を機に生まれたものだが、それまではもっぱら「剛重比変化率」という値が使われていた。この考え方は現在の耐震診断基準でも採用されていて、この値が 1.7 を超えると「建物の高さ方向の剛性のバランスが悪い」とされる。
ここで、剛性率と剛重比変化率はほぼ「裏返し」の関係にあるので、1.7 の逆数をとって 0.6 にしたのではないか、という推測は一応成り立つ。「剛性率 0.6 」という数字の根拠がどこにも載っていないのはそのためなのだろう。

であれば、「剛重比変化率 1.7 」という数字の根拠を探っていけばいいはずなのだが、じつは、これまたよく分からない。
なぜ「いくら調べても分からない」のかというと、 ( またもや推測になるが ) この値は何らかの工学的な根拠にもとづいたものではなく、過去の被災建物の調査から統計的に求めたものだからではないのか。
( たとえば剛性率の算定に使われる「各階の層間変形角の逆数の相加平均」という値があるが、これに何らかの工学的な意味を見出すのは難しい。しかし、これを「統計処理のために使用した値」と考えれば納得できるのではないだろうか ? )

そういうわけなので、剛性率をもとに定められている形状係数 Fe という値にもまた工学的な根拠はないことになる。「まったく根拠がない」というのが言い過ぎであれば、「少なくともこれという決め手になるような理論的根拠はない」としておこう。
では、この値はそもそも何なのかといったら、そのようなバランスの悪い建物に課された「行政上のペナルティ」なのだと私は考えている。端的にいうと、国交省としては「そういう建物はできるだけ建ててほしくない」のだ。
この形状係数 Fs の値は ( 偏心率による形状係数 Fe と同様 ) もともと 1.5 という「頭打ち」があった。1995 年の告示改正でその「頭打ち」が撤廃されたのだが、それは同年の阪神淡路大震災において多くのピロティ構造物が被災したためである。
新耐震設計法の施行後に設計された建物で倒壊したものは計 5 棟あったが、そのうちの 4 棟がピロティ構造物だった。つまり、新耐震設計法の剛性率の規定ではピロティ構造物の安全性を十分に確保できないことが証明された。そこで形状係数を改正して「ペナルティ」をより厳しくしたのだが、いずれにしてもここに確たる工学的根拠があるわけではないので、その実効性には不安がある。

そこで、日本建築センター「建築物耐震基準・設計の解説」 ( 1996 ) という本の中に一章を設け、ピロティ構造物の 1 階に何がしかの耐震壁を設けるようなプランニングを推奨することにしたのだった ( この内容は 2007 年版「技術基準解説書」の「付録 1-6.1 ピロティ階での層崩壊形式を許容しない設計方針」にそのまま転載されている ) 。
ただし、これはあくまで、そのようなプランを「推奨」しているだけで、法的な拘束力はない。だからその後も従来通りのピロティ構造物は建設されつづけた。
そこでさらに、前掲の「技術基準解説書」に「付録 1-6.2 ピロティ階の層崩壊形式及び全体崩壊形式を許容する設計法」という新たな内容が付け加わることになったのだ。
しかしここに書かれている内容は、設計時の「参考資料」にはなっても「設計規準」にはならない。もともとそのような「暫定的」な性格のものであり、したがって設計者の間での周知度もきわめて低い。

――以上が「剛性率」あるいは「ピロティ構造物」を取り巻く現在の状況になる。そしてここから導かれるのは 「ピロティ構造物といえども基準法通りに設計すれば安全である」と考えるのは間違っている という結論である ( よく考えれば「当たり前」かもしれないが ) 。

( 文責 : 野家牧雄 )