梁のたわみ量の計算について

先日公開した「ビルディング・エディタ Ver.6.0.6」から梁のたわみ量の「精算解」が得られるようになりましたが、従来のプログラムで計算された「略算解」と比較すると、場合によっては一桁ほども違う大きな値になることがあります。そこで無用な混乱を避けるために、この場を借りて両者の違いについて概説することにします。

従来の「ビルディング・エディタ Ver.5」――ならびに私が承知している範囲の大部分の構造計算プログラム――では、梁の中央部のたわみ量を、以下のような「重ね合わせの原理」にもとづいた手順で計算しています。

  1. 梁に作用している全荷重を等分布荷重に置き換え、それが作用する単純梁の中央部のたわみ量 y1 を求める。
  2. 梁両端の存在曲げモーメントの曲げ戻し効果による単純梁中央部のたわみ量 y2 を求める。
  3. 実際のたわみ量を y1 - y2 とする。

ここで、なぜ「全荷重を等分布にならす」というようなことをするのかというと、「実際に作用している荷重によるたわみ量」というのは、かなり厄介な計算をしないと求められないからです。
( さらにもう一つ、許容応力度計算では「応力度を許容応力度内におさめておけば変形量については特に検討を要しない」という伝統的な慣習――実際、手計算の時代には変形量をチェックするという習慣はほとんどありませんでした――があり、「だからおおよその値でよい」とされている面も否定はできないと思います ) 。
したがって、梁に作用する荷重が等分布に近い場合は正解に近い値が得られるのですが、逆に集中荷重が支配的な場合は誤差 ( 実際よりも小さな値 ) が出ることになります。
以下、そのあたりの違いを具体的に検証してみましょう。

ここでは、極端な例として、梁の中央に集中荷重 P だけが作用している状態 ( 下図 A ) を考えてみます。この荷重による単純梁のたわみ量 E・I・y1 ――以下では、たわみ量 y にヤング係数 E と部材の断面2次モーメント I を乗じた値でたわみの大小をあらわす――は下図左のようになります。
これに対し、この全荷重 P を等分布にならした時のたわみ量は下図 B の通りです。


ここに見るように、実在の荷重による単純梁のたわみ量は、荷重を等分布にならした場合の 1.6 倍です。
この数値は ( 見方によっては ) 大した違いではない、というふうにも言えるでしょうが、しかし最終的にはもっと大きな違いが生まれます。それは先ほどの 2 番目のステップ、「曲げ戻し」の効果によるものです。
ここでは、話を単純にするために両端固定梁を考えることにします。
実際の荷重状態 ( A ) において生じる固定端曲げモーメントは下図左の値になり、これによる曲げ戻し E・I・y2 はここにある通りです。同様の値を等分布の場合 ( B ) についても示しました。



ご覧の通り、A の曲げ戻し効果は B の 2 倍です。
ところで、略算法で「全荷重を等分布にならす」という操作を行ったのは、「単純梁としてのたわみ」を求めるために行ったモデルの単純化です。したがって、本来ここで考慮すべき曲げ戻しは「等分布荷重によって生じる曲げモーメント」(上図 B の値 ) でなければならないのですが、そのような応力計算を行っているわけではないので、その値は分からない。
そこで略算法では、止むを得ず、実際の荷重によって生じた実際の応力 ( 上図 A の値 ) を使うことにしたのです。
つまりここでは、全体を等分布にならすことによって実際よりも小さ目のたわみを仮定し、曲げ戻しを考慮する時は実際の値 ( = 仮定したモデルに対しては過大な値 ) を使用するため、この二つの効果によって精算値よりも小さな値になるわけです。

ここまで取り上げてきた例題の最終的なたわみ量 E・I・y ( = E・I・y1 - E・I・y2 ) を求めてみると以下のようになります。


B の計算結果に負符号が付いているのは、「下方向ではなく上方向にたわみが生じる」ことを表わしています。これは上に述べたように、曲げ戻しの効果が過大に算入されていることによるものです。

ここで取り上げた例題は極端かつ単純なものと思われるかもしれませんが、しかし実際の建物で精算値と略算値を比較してみると、これに近いような違いがあらわれるケースは意外に多いようです。
冒頭に述べたように、この略算法はこれまでのプログラムでかなり広く採用されてきた方法であり、一概にその結果を疑う訳にはいきません。しかし、とくに鉄骨造で、梁の途中に取り付く小梁があるようなものについては別途検証してみることも必要かもしれません。

( ちなみに、小社製の断面計算プログラム「Sチャート8」の「小梁の設計」を使って大梁に作用する荷重形を指定し、大梁の端部に生じている曲げモーメントを「強制曲げモーメント」として入力して曲げ戻し効果を考慮すれば、結果としてたわみ量の精算値を得ることができます。 )

( 文責 : 野家牧雄 )