積雪荷重は難しい

建築基準法施行令では「多雪区域」というものが定められている。その名の通り「雪が多い区域」だが、これは特定行政庁が定める設計用の垂直積雪量が 1 メートル以上の区域を指すものとされている。注)

注 )
ただし告示にはもう一つの条件が明記されていて、ここには「積雪の初終間日数 ( 当該区域中の積雪部分の割合が二分の一を超える状態が継続する期間の日数をいう ) の平年値が 30 日以上の区域」とある。それにしても、「当該区域中の積雪部分の割合が二分の一を超える状態」って何なんだ ?

ご存じの通り、この多雪区域では、以下の二つの条件で構造計算を行うこととされている ( G は固定荷重・P は積載荷重・S は積雪荷重 ) 。

  A. G + P + S を短期荷重として検定する
  B. G + P + 0.7 S を長期荷重として検定する

この規定に関して、私は以前から疑問を持っていた。
というのも、長期の許容応力度の安全率は 1.5 なのだから、上の B

  B’ 1.5 G + 1.5 P + 1.05 S を短期荷重として検定する

と書き直せる。したがって、B の検定を行っておけば A の方は自動的に満足されるのだから、「 AB の両方をやりなさい」というのは時間と紙の無駄ではないか、というのが私の考えである。
これまたご存じの通り、多雪区域以外では A の条件だけでよい、とされている。そこで、これに合わせるために「多雪区域でも形式的に同じことをやっておこう」と決めただけなのかもしれない。
そうだとしたら、それはそれで結構なことだと思うが、それにしても、B にある 0.7 という係数は「謎」である。
私はこれまで、この数字は何らかの確率統計論的な根拠にもとづくものなのだろう、と漠然と考えていた ( たぶん多くの人がそうなのではないか ) 。しかしよく調べてみると、そうではないのだった。

この問題を正面から取り上げたものとして、日本建築構造技術者協会 ( JSCA ) の機関誌に掲載された「雪荷重長期 70% の正体」( 1992年・三橋一彦 ) という記事がある。これによれば、著者はこの問題について「十年来調査し、考えてきた」そうである。だからもしかすると、この問題を論じた文章はこれ以外にはないのかもしれない 。
ここに書かれている内容をうまく要約するのは骨が折れるのだが、幸いなことに、日本建築学会「建築物荷重指針・同解説 ( 2004 ) 」の中に、この記事の内容を簡潔に紹介している箇所 ( P.312 ) があるので、それを引用しておこう。

この値は、長期許容耐力以下の荷重に対して、木質構造の接合部と部材の変形の比率を 2:1 と仮定して 3 か月間の載荷を行ったものとして、雪荷重のように漸増載荷される場合の変形量は、3 か月間連続して最大荷重が載荷される場合の変形量に対して、ほぼ 0.65 程度であるという委員会資料 ( 久田俊彦:雪荷重長期取扱ひについて ) から算定されている。

ようするに、この値は 応力 ではなく 変形 を制御する目的で決められたものだったのだ。
しかもその変形は、弾性変形ではなく、長期間の載荷によって徐々に進行するクリープ現象等を考慮したものでなければならない。いうまでもなく、風や地震と違い、雪の荷重は徐々に増加しながら一定期間 ( 最大で 3 か月程度 ) 滞留するものだからである。
ここには、雪の荷重ははたして「長期」なのか「短期」なのか、という古くて新しい問題もあるし、さらに弾性変形とは異なり、クリープによる変形量というものを定量的に言い当てるのは難しい、という問題もあるだろう。
――というふうにあれこれ考えてくると、私の頭は混乱するばかりで、これ以上の説明はできそうにない。そこでこの場は、

設計用の積雪荷重の 70% の荷重により求めた弾性変形量は、平年の積雪量に対して生じる ( クリープ等を考慮した ) 真の変形量にほぼ相当すると考えられるので、それを目安にして設計しておけば、そう大きな問題にはならない

という当たり障りのない結論で締めておくことにする。たぶん、現行の法令の考え方としては、そんな所なのだろうと思う。
なお、ここまでの話から明らかなように、この考え方は、クリープ変形がほとんど無視できる鉄骨構造物に対しては当てはまらない。鉄骨構造物に対して 0.7 という数字を適用する確たる根拠はないのだ。

最後に、多雪区域の地震時の検定についてもふれておくことにするが、法令ではこれを

  G + P + 0.35 S + K を短期荷重として検定する

と定めている ( K は地震荷重 ) 。
私はこれまで、この 0.35 という係数についても、「長期の係数 0.7 を確率統計的な立場から半分にしたもの」と考えていた。しかし上に述べた通り、長期の係数 0.7 は部材のクリープ変形を考えた値であり、確率統計論とは関係がない。
それに対し、0.35 という数字は確率統計論から導かれたものであり、したがって、長期の係数 0.7 との直接の関連性何もはない。
ただし、純粋な確率統計論の立場からすると、この 0.35 という数字は「大きめ」あるいは「大き過ぎ」とされているようである。だからもしかすると、その昔、「長期の係数の半分というのも分かりやすいではないか」ということで決まった可能性も否定はできない ( 今となっては真相は誰にも分からないが ) 。

( 文責 : 野家牧雄 )