風で建物は壊れるのか?

ちょうど 1 年前のこと ( 2012年5月 ) になるが、茨城県つくば市を竜巻がおそい、大きな被害をもたらした。先日、当時の映像がテレビニュースで流れているのを見て、唐突だが、私はあることを思い出した。
かなり前の話と記憶しているが、小社のサポート担当者あてに送られてきた構造計算プログラムのデータの中に「風圧力で建物が浮き上がる」という内容のものがあった。鉄骨造の建物に風の横力を作用させて応力計算を行うと、柱の引抜き力が常時荷重による支点反力を上回り、その結果として「建物が浮き上がる」のだった。
これはあくまでも「机上の計算」のことで、まさか強風で建物が転倒することはないだろう、と常識的な人間なら考える。しかしその「まさか」が昨年の 5 月に起きたのだ。強風によって木造家屋が基礎ごと裏返しになり、家屋がベタ基礎の底版に押しつぶされて犠牲者が出てしまった。
これはまさに天変地異、あるいは文字通りの「驚天動地」としかいいようがない出来事だが、しかしその原因は「竜巻」である。私たちが構造計算で扱っている「風荷重」の範疇には属さない。
日本建築学会「建築物荷重指針・同解説」その他にあたるまでもなく、現在の建築基準法は竜巻に対する建物の安全性の確保までは求めていない。
これはそもそも、その発生頻度が少なく、同じ建物が耐用年数内に複数回の竜巻におそわれるとは考えにくいこと、ならびにその荷重レベルや作用メカニズムの把握が難しいこと、さらに加えて、もしそのような規準のもとに設計を行ったら要塞のような建物が出来上がってしまうに違いないこと、などの理由によるものだろう。
そういう意味では、これは「津波」などと同様、根本的な解決策は「そういう場所に建物を造らない」「万が一の時は速やかに避難する」というようなことしかないのかもしれない。

上のような特殊な事例を除けば、一般的な常識として、強風によって建物が転倒することはない。だから風による建物の転倒という事態は考えなくていいはず――もしそれほどの強風が吹いたならば、転倒する前に外装材がすべて吹き飛ばされ、スケルトンだけの建物になっているに違いない――なのだが、同様の経験則として、「鉄筋コンクリートの建物については風荷重の検討を省略してよい」というのもある。
法律では構造種別に関わらず風荷重を考慮しなければいけないことになっているのだから、これは厳密にいえば建築基準法違反になるが、過去にそのような事故の例がないことから不文律として通用しているのだろう。では、鉄骨造の建物についてはどうだろうか?

風による鉄骨系の建物の被害として私たちがすぐ思い浮かべるのは、「屋根材や外壁がめくれあがった・飛ばされた」「窓ガラスが壊された」というような、もっぱら仕上げ材に関するもので、「骨組み ( 主要構造部 ) が損傷を受けた」「建物が倒壊した」というような事例は ( 少なくなくとも近年は ) 見たことも聞いたこともないような気がする。
そこで多少の興味をもって調べてみたのだが、強風によって建物の主要構造部が損傷を受けたという事例を探すのは苦労する。かなり昔にまで遡らないと見つからないようだ。少なくともここ四半世紀ほどの間に限れば、そのような事例は「ほぼゼロ」と見なしてもよさそうである ( ただし古い木造家屋や工作物、あるいは仮設構造物のようなものは除く )。
これは決して、何らかの気象的条件によって台風の数が減ったためではない。法に定める基準風速を上回るような強風はしばしば発生している。
では、「耐風設計の手法が確立され、構造設計者が怠りなくそれを行うようになった」から被害が減ったのだろうか?

そうとは思えない。
2000年の建築基準法の改定で風荷重の規定が一新されたが、しかしその10年以上前から強風による被害は減っていたのだから、法改正の効果によるものとは考えにくい。
全般的な施工技術の向上がここに関わっていることは間違いないだろう。それから、とくに新耐震設計法の施行以後、骨組みの剛性あるいはディテールに関してやかましくいわれるようになったが、その影響も大きいのではないだろうか。具体的なデータがあるわけではなく、たんなる憶測にすぎないが、風による建物の被害の減少は耐震基準の整備がもたらした「余得」である、という見方もできそうな気がする。


ところで、以前から不満に思っていることがある。2000年の基準法改定に合わせて登場した現行の風荷重の規定に関してだが、これはあまりにも煩雑過ぎるのではないか?
たしかに、建物の内圧の変化が強風による被害――主として屋根材や窓ガラスの飛散――に大きく関わっていることは分かるし、その学術的な成果として規定が一新されたのは意味のあることなのだろう。しかしそのことと、それをそのまま「法律」にすることは別問題である。
告示では建物の形状ごとに風力係数のとり方が仔細に図解されているが、あらゆる建物に対し、ここに書かれている内容を正確になぞった構造計算を要求するのは酷ではないだろうか。
それでも設計者から不満が出ないのは、もちろん、「プログラムが全部やってくれるから」である。あるいは規定を作る側もそれを前提にしているのかもしれないが、それにしても、ここにある規定とその背景をきちんと理解している設計者はきわめて少数ではないかと思われる。

ここにあるような規定が不要だというのではない。
特殊な地形的条件にある建物、あるいは特殊な構造物の場合は、ここにある内容は貴重な設計指標になるだろう。しかしその一方、近年の経験から、「普通に設計された普通の建物の主要構造部が強風によって損傷を受けることはない」ことを私たちは知っている。
それならば、すべての建物を一律に同じ法律で括る必要はないと思うのだが、どんなものだろうか ( 耐震設計で行われているような「建物の規模と条件に応じた設計手法の使い分け」というやり方だってあるかもしれない )。

それからもう一つ。
さきほど、「普通に設計された普通の建物の主要構造部が強風によって損傷を受けることはない」と書いたが、その一方、屋根や外壁が風によって飛散するという事故はしばしば起きている。これは主として構造体と仕上げ材の接合部の強度不足を原因とするものだが、しかしこのあたりは「構造体」とは見なされないため、えてして構造設計者が関与しないことが多い。
構造設計者は「風荷重によって生じる応力を求め、それを部材の許容応力度内におさめる」という作業に没頭し、多くの場合、それで「耐風設計」を終えてしまう。
「本末転倒」という言葉があるが、構造設計者にとっての「本」は構造体を形成する柱や梁で、屋根材の接合部などは「末」の部類に属することになる。それはそれで理解できるが、しかし強風によって実際に起きている被害の状況を考えると、それこそが「本末転倒」なのではないか、という気がしなくもない。

( 文責 : 野家牧雄 )