震度 7 でも大丈夫なのか? ( 1 )

前項で紹介したように、震度 7 の被害は「建物が倒れるかどうか」を物差しにしています。ですから、今後何かを契機として建物の耐震性が飛躍的に向上する――たとえば「免震構造の普及」というような要因が考えられる――ことになれば、震度の定義は変更されるでしょう。あるいは、その時には「震度 8 」という階級が新設されているかもしれない。
先に書いたように、震度の定義は時代とともに変わるのです。

ところで、震度 7 という話題がセンセーショナルに取り上げられるようになってから、しばしば以下のような主旨の記事を ( 主としてネット上で ) 目にすることがあります。

現在の建築基準法は「震度 6 強で建物が倒壊しない」ことを目標とするものである。したがって、震度 7 がきたらどうなるか分からないし、これについて国は何の保証もしていない。
早急に何らかの対策を講じるべきである。

この種の意見は主として行政庁に向けて発信されているものでしょうから、そういう意味では一定の意義をもつかもしれませんが、しかし、工学的な見地からすると首を傾げたくなるところがあります。

まず、現在の建築基準法の目標が「震度 6 強で建物が倒壊しない」ことにあるという点ですが、別にそういうことが建築基準法に明記されているわけではないので、これは「そういう見方もできる」、あるいは「私はそのように見ている」というに過ぎないでしょう。
そもそも、震度 7 という地震には「上限」がありません。
小松左京の「日本沈没」という SF がありますが、そこに登場するような超ド級の天変地異であっても、やはり震度は 7 です。したがって、「震度 7 でも倒壊しない建物」という言い方には「絶対に死なない人間」というのと同じようなウソが少なからず含まれていることになります。
ですから、「この建物はどの程度の地震まで耐えられるか」と問われたら、良心的な構造設計者ならば「震度 6 強」と答えるしかありません。いまのところ、それが設計者の想像力が及ぶ上限なのです ( 将来、もし「震度 8 」という階級が新設されることがあれば、その時は「震度 7 まで大丈夫」と答えるかもしれませんが )。

というわけで「耐震設計」の話に移りますが、じつは 1950 年の建築基準法の施行以来、耐震設計に関わる基本的な枠組みは変更されていません。それは、

建物の自重の 20% の水平力を地震力として作用させた上で許容応力度計算を行う

というものです。
ここにある「許容応力度計算」あるいは「許容応力度」について説明しだすとキリがないので簡単に済ませますが、これはようするに、建物が「本当に壊れてしまう」状態の何段階か前に目印となる「バリアー」を設け、所定の力が作用した時に建物がそのバリアーにまで達しないことを確認する、というものです。
なぜそんなことするのかというと、建物が「本当に壊れる」という状態は定義するのが難しく、さらに、それを求めるのは相当骨が折れる作業だからです。

この手法の長所は「設計の労力が少なく、設計者にとって分かりやすい」ことにあります。ようするに ( 骨組みの崩壊というような類の )「難しいこと」を考えずに済むのですが、その一方、「人に説明するのが難しい」という短所もあります。
これについては次項でもう一度ふれますが、簡単にいうと、ここにある「建物の自重の 20% の地震力」という値は単独では何の意味ももたず、それと「許容応力度」という値がセットになってた時に初めて何らかの「耐震性能」を表します。そのあたりを説明するのが難しいのです。注)

注)
このことを、少し具体的な例をあげて説明しましょう。
建築基準法以前の耐震規定は関東大震災の翌年につくられたもので、そこでは設計地震力を「建物の自重の 10% 」と定めていました。これが建築基準法において「 20% 」に変更されたわけですが、これで安全率が 2 倍になったわけではありません。この時に許容応力度の方も 2 倍になったので、基本的な安全率、つまり設計された建物の耐震性能自体は変わらないのです。

したがって、問題は設計地震力の大小よりも、そのようにして設計された建物が「実際にどの程度の耐震性能をもつのか」ということになります。そしてその時、最も説得力をもつのは「大地震に見舞われた建物が 実際にどうなったか」というデータではないでしょうか。

建築基準法の施行以後、いわゆる「大地震」と呼ばれるものが何度か起き、死者も出ています。
当然ながら、この時に作用した力は「建物の自重の 20% 」という力をはるかに上回っていたのですが、その被害状況を見て得られた結論は「現行の耐震基準は大筋において間違っておらず、十分な耐震性能が得られる」というものでした。
その結果、「建物の自重の 20% の水平力を作用させた上で許容応力度計算を行う」という枠組み変更されることなく今日に至ったわけです。
しかしさきほども書いたように、このような仕組みを「外」に向けて説明しようとするとなかなか難しい。たちまち私たちの「ボキャブラリ不足」が露呈してしまうのです。
そこで、このあたりにもう少し懇切な「説明」を加えることにしたのですが、それが 1981 年に施行された「新耐震設計法」です。

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