「アンカーボルトの伸び能力」とは何なのか?

技術基準解説書の巻末の「付録1-2.6 柱脚の設計の考え方」によれば、露出柱脚の終局強度の算定は「アンカーボルトに伸び能力があるか / ないか」に左右されることになっている。
もちろん、伸び能力のあるアンカーボルトを使うことが望ましい――あるいは、そのようなアンカーボルトを「使わなければならない」――わけだが、それにしても、ではどういうアンカーボルトが「伸び能力がある」とされるのかというと、この点について必ずしも設計者の間で認識が共有されているわけではない。実際、ここにはいろいろな経緯があるらしいのだ。
そういうわけで、今回はこれについて調べてみることにした。


日本建築学会「鋼管構造設計施工指針・同解説」

改訂されるたびに書名が変わってしまうので非常に紛らわしいが、前掲の「技術基準解説書」――正確には「建築物の構造関係技術基準解説書」――の前身は 1997 年に出された「建築物の構造規定」で、露出柱脚関連の記述が登場するのはこの版からである。
その基本的な内容は現行の「技術基準解説書」と変わらないが、いずれにしても、ここで紹介されている露出柱脚の強度算定式は、もともとは日本建築学会「鋼管構造設計施工指針・同解説 (1990) 」にあったものである。
で、この「鋼管構造設計施工指針・同解説」には、露出柱脚の設計方針は以下の三つに大別される、と書かれている ( P.229 ) 。

a. アンカーボルトの軸部の降伏が先行するように設計する
b. ベースプレートの降伏が先行するように設計する
c. アンカーボルトのネジ部の破断耐力が柱材の全塑性耐力を十分に上回るように設計する

そしてここでは上記の a を採用しているわけだが、その根拠に関する記述も以下に引用しておこう。

本指針では、研究例も多く、耐力評価も比較的ばらつきが少なく、変形能力も十分期待できることから a の方法を採用している。一方、b および c による設計も妨げるものではないが、その場合には、十分安全性について確認することとする。

ようするに、ここでは「アンカーボルトの軸部が降伏する前にベースプレートが降伏したりネジ部が破断したりすることはない」という前提条件を設けているわけだが、それにしても、どうしたらそのことを保証できるのだろうか?
このうちの「ベースプレートが降伏しない」については個々の事例に応じて設計者が検証するしかないだろうが、「ネジ部が破断しない」についてはもう少し汎用的な表現がとれそうである。そしてそのあたりに言及しているのが同書の「4.5 柱脚」・「4.5.1 総則」にあるアンカーボルトの材料に関する規定になるのだが、その解説文を再び下に引用しておく。

一般の切削加工によるネジを有するアンカーボルトは、大きな変形能力を確保するためにネジ部破断に先立って軸部降伏が得られることとする。そのためには
  降伏点 / 引張り強さ < ネジ部有効断面積 / 軸部断面積
を満足することが必要であり、SS41、SS50 までとした。また高強度のアンカーボルトを用いても、転造ネジとすればネジ部破断を防ぐことができるので、その場合は SS55 の使用も可とした。ただし、軸部断面に比べてネジ部断面が小さい場合は上式を満足することができないことがあるので注意を要する。

ここにある「降伏点 / 引張強さ」は「降伏比」と呼ばれる値になるが、一般に降伏強度の大きい材料は降伏比も大きくなる。したがって、さほど降伏強度が大きくない SS40 あるいは SS50 ――現行の呼び名では SS400 あるいは SS490 ――あたりを使うのであれば「伸び能力がある」と考えてよい、というのが結論になっている。


阪神淡路大震災と「建築物の構造規定」

前項で書いたように、「鋼管構造設計施工指針・同解説」では、「とくに強度の高い材料を使うのでなければ、アンカーボルトの伸び能力はあると考えてよい」ことになっている。言葉をかえると、これは「伸び能力のある / なし」については「ふつうはあまり気にする必要がない」ということでもある。
しかしその後、1995 年に起きた阪神淡路大震災で、その「ふつうに設計されたアンカーボルト」がネジ部で破断するという事例が多くみられた。そこでもう少し厳密な規定が必要になってきたわけだが、これを受けたのが 1997 年に国から出された「建築物の構造規定」である。
そこでは「伸び能力のあるアンカーボルト」が以下のように定義されていた。

● 降伏比が 0.7 以下の切削ネジ
● 降伏比が 0.75 以下の転造ネジ
● 降伏比にかかわらず、ネジ部の有効断面積が軸部と同等以上であるもの

注) 切削ネジと転造ネジ
切削ネジとは、文字通りネジの「谷」の部分を切り削るもので、したがって「切り屑」が出る。これに対し、転造ネジとは力を加えて「山」の部分を押し出すもので、こちらは「切り屑」が出ない。
もっとも、私自身はネジを製造する現場を見たことはないのだが、たとえていえば、切削ネジは「メスを使ってお腹を切る手術」、転造ネジは「体にメスを入れない手術」ということになるのだろう。メスを使わない方が体に与えるダメージは少ないのと同様、転造ネジの方が素材を傷めないわけで、したがってより大きな耐力が期待できて「好ましい」ということになる。

ところで、ここにある「降伏比」という値が明確に規定されているのは建築構造用鋼材、いわゆる SN 材だけである。この本の刊行当時、すでに SN 材の規格は存在していたが、広く使われていたのは一般構造用鋼材、いわゆる SS 材の方だろう。となると、SS 材には降伏比という規定がないので、「伸び能力がある」ということを証明するのが難しくなる。
現在でも、アンカーボルトに SS 材を使ったものは「伸び能力がない」として扱うのが行政上の見解とされているらしいのだが、これは上のような理由によるものだろう。つまり「伸び能力があることを保証するものが何もない」ので「ないことにする」という立場である。
一方、SN 材にはたしかに降伏比の規定があるが、たんに「80% 以下」というだけである。したがって先に掲げた条件を見ていただければ分かるように、SN 材が使われているという事実だけから「伸び能力がある」と断定することはできない。
繰り返すが、「伸び能力がある」とは「降伏点 / 引張り強さ < ネジ部有効断面積 / 軸部断面積」という条件を満たすもののことをいう。だから、たんに材料の問題だけでなく、もう少し詳細な規定がなければ話が先に進まないことになるのだが、それが先に進みだすのは 2000 年になってからである。


JIS 規格の制定

2000 年に社団法人・日本鋼構造協会がアンカーボルトセットの規格を定めて公表した ( ちなみに、ここにいう「セット」とは、ボルトとナット、及び座金を含んだものを指す ) 。
そして、これを受ける形で――といっても、ずいぶん長い時間が経っているが―― 2010 年にアンカーボルトセットに関する JIS 規格が制定された。この二つは実質的に同じものだが、現在は両者の移行期間で、2015 年に日本鋼構造協会の規格が撤廃されてJIS規格に統一されるらしい ( このあたりの詳しい事情は 建築用アンカーボルトメーカー協議会のウェブサイト にある ) 。
そういうわけで、ここでは主として JIS の方に沿った話をするが、ここには大きく分けて二つの規格がある。
一つは転造ネジに関して定めた JIS B 1220、もう一つは切削ネジに関して定めた JIS B 1221 である。いずれもボルトの材料は「建築構造用圧延棒鋼」に分類される SNR400 または SNR490 を使用する。これらのアンカーボルトセットは、転造ネジについては ABR、切削ネジについては ABM という呼び名が使われているのだが、ともあれ、その仕様表を下に掲げておこう。

準拠 JIS

セット名

ボルト材料

引張強さ
(N/mm2)

素材降伏比

加工方法

ネジの種類

B 1220

ABR400
ABR490

SNR400B
SNR490B

400
490

80% 以下

転造ネジ

並目ネジ

B 1221

ABM400
ABM490

SNR400B
SNR490B

400
490

75% 以下

切削ネジ

細目ネジ

ところで、現行の「技術基準解説書」は 2007 年版である。ということは、この本の刊行時点では上記の JIS 規格はなかったが、日本鋼構造協会の規格はすでに存在していた。そのような事情により、前項の「建築物の構造規定」で紹介した「伸び能力のあるアンカーボルト」の定義も、この規格の存在を受けて微妙に変化している。具体的には以下の通り。

● 降伏比が 0.7 程度以下の並目の切削ネジ
● 降伏比が 0.75 程度以下の細目の切削ネジ
● 降伏比が 0.75 程度以下の転造ネジで
● 降伏比にかかわらず、ネジ部の有効断面積が軸部と同等以上であるもの

何が変わったかというと、まず一つは切削ネジに「並目」「細目」という区分を設けたこと、そしてもう一つは、降伏比の値の後に「程度」が付いたことである。
しかしいずれにしても、2007 年につくられたこの規定は「過渡的」なものであって、2010 年以降は状況がきわめてクリアーになっている。「伸び能力のあるアンカーボルト」とは JIS の B1220 または B1221 に適合したもの、つまり ABR400・ABR490・ABM400・ABM490 の 4 種類だけなのだ(正確にいえば、この他にステンレス鋼を使用したものも含まれるが)。
逆にいうと、JIS 規格に適合しないアンカーボルトセットは「伸び能力がない」――そのようにいわれても仕方がない――ことになるので、何らかの理由でそのようなものを使用せざるを得ない場合はそれなりの工学的な裏付けが要求されるわけである。注)

注)
建築基準法に定めるように、建物の主要構造部には JIS に適合するものか大臣の認定を受けたものか、そのいずれかの材料を使わなければならないことになっている。したがって、もし JIS に適合しないアンカーボルトを使うことがあるとすれば、それは大臣認定を受けた既製品の露出柱脚を採用する場合にほぼ限られるだろう。こちらはベースプレートやアンカーボルトなどを含めた柱脚のシステム全体が認定の対象になっているものなので、設計者が「伸び能力があるか / ないか」などと考える必要がない。

なんども繰り返すようだが、「伸び能力のあるアンカーボルト」とは、
  降伏点 / 引張り強さ < ネジ部有効断面積 / 軸部断面積
の条件を満たすものである。最後に、この式に照らすと JIS の規格品とはどのような性能をもつものなのか、という点について具体的に確認しておこう。
まず転造ネジだが、これの「ネジ部有効断面積 / 軸部断面積」は公称値で 0.95、実測値で 0.92〜0.96 の範囲とされている。一方、ABR 材の降伏比の上限は 0.8 だから、上式を満足する。
これに対し、転造ネジよりも性能的に劣るとされる切削ネジだが、こちらについては、「ネジ部有効断面積 / 軸部断面積」の値を降伏比の 1.12 倍以上とすることを求めている。ABM 材の降伏比の上限は 0.75 だから、この場合の「ネジ部有効断面積 / 軸部断面積」の値は
  0.75 × 1.12 = 0.84
以上でなければならないことになる。細目ネジであればこのような精度での製作が可能らしい ( なお、製作工場については日本鋼構造協会が独自に定めた認定制度があるが、こちらについては同協会のホームページなどを参照のこと ) 。

(文責 : 野家牧雄)