安全限界時の検証 ( 1 )

最後の話題は、ここまで話してきたような手順から得られた各階の必要吸収エネルギー Esi に対して建物が本当に大丈夫なのかを検証する方法になりますが、ただし最初の方で述べたとおり、その具体的な方法は政令・告示等には定められていません。したがって、以下の内容は、前掲書「計算例と解説」にある例題を参照しながら書いたものであることを最初にお断りしておきます。注)
また、これも繰り返しになりますが、このあたりの考え方は主として「鉄骨構造物」をターゲットにしたもので、コンクリート系の構造物については、大雑把な言い方をすれば、「鉄骨構造物の考え方を援用すればこういうことになる」というような内容になっています。再三言うように、あまりスッキリしないのです。そういうわけで、以下の内容も鉄骨構造物を中心にしたものになっています。

注)
エネルギー法の例題が載っているものとしては、この他に、2008 年に刊行された「鋼構造建築物へのエネルギー法活用マニュアル」(建築研究所監修・技報堂出版)という本があります。ここでは、「計算例と解説」の内容をさらに簡略化した方法も紹介されています。
小社で公開中の「ビルディング・エディタ Ver.5.1 」ではこちらの方法を採用していますが、このコラムではとり上げていません。具体的な内容については、上記プログラムのユーザーズマニュアル( PDF 版)を参照してください。

部材の「壊れ方」(ここではもっぱら「曲げ破壊」を対象にします)には、大きく分けると二つの種類があります。
一つは、下図左にしめすように、部材の変形がある限界にまで達して壊れるもので、この時の最大変形量を降伏時の変形量で割った値を 塑性率(あるいは 最大塑性率)といいます。
もう一つは、下図右にしめすように、降伏後の変形を複数回にわたって繰り返すことにより耐力の低下を起こすものです。降伏後の変形の累積値を 累積塑性変形、それを降伏時の変形量で割った値を 累積塑性変形倍率 といいます。

   

保有水平耐力計算に定められている「部材種別」が、鉄筋コンクリート部材では上記の「塑性率」、鉄骨部材では上記の「累積塑性変形倍率」の値をもとに決められているのはご存じのとおりです(もし初耳でしたら、今おぼえてください)。
結論から言ってしまうと、エネルギー法で想定している「建物が壊れる」は上記の「累積塑性変形倍率」の考え方にもとづくものです。これに対し、限界耐力計算の方は「塑性率」の考え方にもとづいています。
そのため、限界耐力計算はコンクリート系の構造物、エネルギー法は鉄骨構造物との相性がいいのです。それ以外のケース(限界耐力計算で鉄骨構造物を扱う、あるいはエネルギー法でコンクリート系の構造物を扱う)では、累積塑性変形倍率と塑性率を相互に変換するという手続きをとらざるを得なくなります。つまり、何となくギクシャクし始めるのです。
しかしながら、それはともかく、ここでの話題は「エネルギー法」ですから、以下、鉄骨構造物を対象にした「累積塑性変形倍率」の話を進めることにします。

今とり上げたのは「部材」のレベルの話ですが、「部材」の集合が「建物」になるのですから、両者の特性は相似になると考えられます。したがって、ここに述べた「塑性率」なり「累積塑性変形倍率」なりの話は、そのまま「建物」(正確には建物の中の「ある階」ですが、以下、たんに「建物」と言います)に拡張することができるのですが、ただしこの場合は、建物の各階の「層せん断力」と「層間変位」の関係に置き換えられます。

それにしても、さきほどの「累積塑性変形」の図では、それが一体どれくらいの大きさになるのかが感覚的につかめません。そこで、これを建物の「層せん断力 Q 」と「層間変位 δ 」の関係に置き換えるに当たり、この図の太線部分をすべて横にスライドさせ、正負方向について対称になるように描きなおしてみると下のような図が出来上がります。

   

この図を見てただちに思い出すのは、限界耐力計算で学んだ「弾塑性応答によって形づくられる閉じたループ」の話です。限界耐力計算では、その閉じたループの面積が「建物のエネルギー吸収量」をあらわしていたわけですが、ここでもそれは変わりません。上図の平行四辺形の面積が「建物のエネルギー吸収量」をあらわすのです。
違っているのは、限界耐力計算のループが「建物の塑性変形量」をもとに描かれているのに対し、この平行四辺形が「建物の累積塑性変形量」をもとに描かれていることです。

さらに、もう一つ違うことがあります。
限界耐力計算では、ループの面積を「等価粘性減衰定数」という抽象的な値に変換し、それをさらに「加速度低減率」に変換しました。これは、限界耐力計算が「力」をターゲットにした設計法だからで、このあたりの「分かりにくさ」は止むをえないところです。
しかしエネルギー法では、そのような遠回しな手続きはとりません。これは「エネルギー」をターゲットにしたものなのですから、そのものズバリ、この平行四辺形の面積をもとめればいいのです。

この平行四辺形の面積なら小学生にでも分かります。上辺または下辺の長さ(正側の累積塑性変形 δ+ または負側の累積塑性変形 δ- )に平行四辺形の高さ( 2・Qu )をかければいいのです。
しかしよく考えてみると、私たちは、安全限界時にこの階に作用するエネルギー Esi の値ならすでに知っています。これが、この平行四辺形の面積そのものです。さらに、その階の保有水平耐力 Qu の値も知っています。何が分からないのかというと、δ+ または δ- 、つまり「片側の累積塑性変形量」ですが、これは下式によって簡単に得られます。

片側の累積塑性変形量 = Esi / ( 2・Qu )

この値は何をあらわしているのかというと、「 Esi という大きさの地震エネルギーが作用した時、この階にはこれだけの大きさの累積塑性変形が生ずることになる」という事実です。つまり「応答値」なのですが、これは見方を変えれば、

エネルギー Esi が作用した時に建物が壊れないためには、これだけの累積塑性変形に耐えなければならない

ということを私たちに教えていることになります。
そこで、この値を降伏時の変位 δu で割って「累積塑性変形倍率」に直した上で、これを 必要累積塑性変形倍率 と呼ぶことにしました。これはふつう、η (イータ)という記号であらわすことになっています。
ここまでくれば、その後どうすべきかは簡単に分かります。建物が、その性能として本来持っている累積塑性変形倍率、つまり 保有累積塑性変形倍率 を何らかの方法でもとめ、それがさきほどの必要累積塑性変形倍率よりも大きければ「建物は安全」なのです。

   

一応、ここまでの話を上図をもとにまとめておきます。
まず私たちは、速度応答スペクトルを使って、安全限界時に建物に作用するエネルギー Es をもとめました。次に、 si あるいは pi という指数をもとに、このエネルギーを各階に分配し、各階に作用するエネルギー Esi をもとめました。注)
基本的には、このエネルギー Esi よりもその階が吸収できるエネルギーの方が大きければいいのです。
しかし、「吸収できるエネルギー」というものを何をモノサシにしてあらわすかが問題になります。ここでエネルギー法は、「建物(部材)が繰り返し変形を受けることによって壊れる」という「壊れ方」に着目しました。これをあらわす指標が「累積塑性変形倍率」です。
つまり、「保有累積塑性変形倍率が必要累積塑性変形倍率よりも大きい」という事実をもって、「実際に作用するエネルギー Esi よりも建物が吸収できるエネルギーの方が大きい」ことを証明するのです。

注)
ここで注意しておきたいのは、「分配されるエネルギー Esi は、必ずしも下の階ほど大きくなるわけではない」ということです。層せん断力は上の階から順次下の階に伝わるので必ず下の階に行くほど大きくなりますが、エネルギーは上から下へと伝わるわけではありません。