安全限界時のエネルギーの分配

安全限界の検証では、前項でもとめた必要エネルギー吸収量 Es を各階に「分配」する必要があります。このあたりの考え方については前々回にふれていますが、復習しておきますと、

エネルギー法では、弾性(損傷限界)時において各階に「 Ai 分布にもとづく層せん断力が発生している」状態をもって、「エネルギーが各階に適正に配分されている」と考える

のでした。
「各階のエネルギーの適正な配分量」の計算は簡単です。私たちは、損傷限界における各階のエネルギー吸収量 Wei とその総和 We ( = Wei ) なら知っていますから、安全限界において i 階に分配されるエネルギー量 Esi は下式であらわされることになります。

Esi = ( Wei / 埜ei ) ・Es

ただしここでは、各階のエネルギーの分配比を無次元の指数で表現することにしています。「エネルギー量に関する Ai 分布」のようなものを考えることにしたのです。
これには si という記号が割り当てられていますが、この値は、i 階のエネルギー吸収量を Wei、1 階のエネルギー吸収量を We1 とした時、 Wei / We1 であらわされます(建物の 1 階では必ず 1 になる)。もう少し具体的にすると、これは下図のような形に変形されます。

   

この値を使うと、さきほどの Esi の算定式は(結果的には同じことですが)下のように書き換えられます。

Esi = ( si / 敗i ) ・Es   (狽ヘ全階の総和をあらわす)

ただし、「これで終わり」というわけには行きません。なぜなら、安全限界の検証では、建物が「塑性化」することを許容しているからです。
建物が塑性化するとはどういうことかというと、層せん断力が「保有水平耐力」で頭打ちになる、ということです。したがって、上の算定式から Esi をもとめて「これで終わり」と言えるのは、(さきほどの si の算定式を見ていただければ分かるように)各階の保有水平耐力が Ai 分布と相似になっているような場合に限られます。

そうなっていないとどうなるか、という典型的な例は「ピロティ建築物」にあります。
このような建物では、保有水平耐力が小さい 1 階に大きな被害が集中することが広く知られていますが、これは、エネルギーは相対的に耐力が小さな階に集中するという事実をあらわしています。だから、相対的に耐力が小さな階には他よりも大きなエネルギーを配分する必要があるのです。

ここで登場するのが αi および pi という二つの値ですが、まず αi の方です。
ある階の層せん断力 Qi が、層せん断力係数 Ci 、および「その階より上部の建物重量の和」をあらわす 埜i の積として下のようにあらわされるのはご存じのとおりです(ただし限界耐力計算やエネルギー法では、重量を「質量 m × 重力加速度 g 」という物理量であらわすことになっているので、ここでもその原則にしたがって書き換えています)。

Qi = Ci ・埜i = Ci ・ ( m・g )

そこで、上式の考え方をそのまま「保有水平耐力」の方にスライドさせることにすると、ある階の保有水平耐力 Qui は以下の式であらわされます。

Qui = αi ・ ( m・g )

ここから得られる

αi = Qui / ( m・g )

という値は、いわば「保有水平耐力に関する層せん断力係数」みたいなものですが、ここで、ある階の αi を 1 階のαi ( つまり α1 )で割ると、この αi / α1 という値は「保有水平耐力に関する Ai 」に相当します。
pi とは、これを「本当の Ai 」で割った値で、

pi = ( αi / α1 ) / Ai = αi / ( α1 ・ Ai )

です。
この値が何をあらわすか、についてはすでにお分かりだと思います。 pi が 1 よりも小さい、ということは、「その階の耐力が、 Ai 分布がもとめている各階の適正な耐力よりも小さい」という事実をあらわしています。だから、その階には「より多くのエネルギー」が分配されなければならないのです。

そうなると、次に、「 pi の値が 1 より小さくなるほど何かが大きくなり、1 より大きくなるほど何かが小さくなる」という仕組みが必要になってきます。そういうわけで、下にあるように、この値を -n 乗することにしました。

pi -n = 1 / p n

この式から分かるように、pi -n という値は、pi が 1 よりも小さければ 1 よりも大きくなり、 pi が 1 よりも大きければ 1 よりも小さくなります。
結局、エネルギー法では、さきほどの si にこの pi -n を乗じた値を各階のエネルギー分配の指数とし、各階のエネルギーの分配量 Esi を以下の式であらわすことにしました( は全階の総和をあらわす)。

   

上式の n の値は、具体的にいうと、「 4 または 8 としてよい」ことになっています。
これも前にどこかで話したことですが、建物が梁降伏型の「全体崩壊メカニズム」をとる場合は、柱が建物の「芯棒」のような役割を果たして上下階の間のエネルギー伝達を担い、全体としてエネルギーの分布が平滑化されます。それに対し、柱降伏型の「層崩壊メカニズム」をとる場合は、エネルギーがそこで「渋滞」を起こすことになる。
つまりこの値は、「耐力の不均一さ」がどの程度「エネルギーの不均一さ」につながるか、という「敏感さ」をあらわす係数(この値が大きいほど「敏感」である)と考えることができます。上のような理由から、「梁降伏型の建物では 4、柱降伏型の建物では 8 」と定められているのです。

さらに、まだあります。エネルギー法でも「偏心率」というものを考えるのです。注)
この偏心率 Re のもとめ方は許容応力度計算と同じです。つまり、建物の弾性剛性にもとづいてもとめるのですが、この値が 0.15 を超える階については耐力が相対的に不足することが考えられるので、その階により多くのエネルギーが分配されるようにしました。具体的には、上記の pi と同様の性格をもつ pti という値を登場させているのですが、これは以下のような値をとるものとされています。

Re ≦ 0.15 の時は pti = 1.0
0.15 < Re < 0.30 の時は pti = 1.15 - Re
Re ≧ 0.30 の時は pti = 0.85

この値を加味してさきほどの式を書き改めると下のようになります。

   

注)
ただし限界耐力計算と同様、ここには「剛性率」という考え方はありません。ここにある pi という値の中にその考え方が取り込まれていているのです。ピロティ建築物のようなものについてこの値にもとづいた各階のエネルギー分配量を計算すると、場合によっては、全エネルギーを 1 階で負担しなければならなくなります。