地震がもたらすエネルギー

私たちがこれまで行ってきた耐震設計とは、「建物に水平方向の力(加速度)が作用している」状態を想定したものです。加速度が「どれくらいの時間にわたって作用したか」が問題にされることはありません。しかし前回の話から分かるように、エネルギー法ではそれが問題になります。つまり、地震の継続時間です。

地震がもたらすエネルギーは地震が作用する時間が長くなればなるほど大きくなります。
下の図は、地震の作用時間を横軸・エネルギーを縦軸にとってあらわしたものですが、ここにあるように、ごく大雑把にいえば、エネルギーは地震の作用時間とともに増大し、地震が終了した時点で一定になるはずです。その時点でのエネルギーが「地震が建物にもたらしたエネルギーの総量」をあらわすことになります。

  

ところで、建物の質量は既知で、かつ一定ですから、前回の最後に掲げた運動エネルギーの基本式があらわしているように、地震が建物にもたらすエネルギーの大きさを左右するのは、もっぱら「速度」ということになります。ここでいう「速度」とは、地震によって建物に生じている「応答速度」のことですが、「応答速度スペクトル」というものがあることからも分かるように、これは建物の「固有周期」に大きく依存しています。
応答速度スペクトルが一般にどのような形をとるのかについては前にどこかで話しましたが、「固有周期がある値をとるまでは単調に増加し、それ以降は一定になる(速度一定域)」という性質があります。これを下図に示しました。

  

したがって、まず建物の固有周期をもとめ、それをもとに速度応答スペクトルから速度応答値を得たならば、この値と建物の質量を運動エネルギーの基本式に代入すれば、「地震が建物にもたらすエネルギー」が分かるはずです。が、しかし、ことはそう簡単には運びません。

速度応答スペクトルがあらわしている値とは、地震の継続時間内のある時刻に生じた速度応答の最大値なのです。だから、これをもとに地震の継続時間内にもたらされるエネルギーの総量をもとめるのは「おかしい」のです。
そこで、まず最初に、「エネルギーの応答スペクトル」というものを作ることにしました。運動エネルギーの基本式から分かるように、エネルギーは速度に依存します。そして速度応答スペクトルから分かるように、速度は固有周期に依存するのですから、横軸に「固有周期」・縦軸に「エネルギー」をとれば、それが「エネルギースペクトル」になります。このスペクトルは、下図に示すように、先に掲げた「速度応答スペクトル」と同じような傾向(固有周期がある値をとるまでは単調に増加し、それ以降は一定になる)を持つはずです。

  

このエネルギースペクトルを設計用に基準化・標準化すれば、それを使って「地震のエネルギー」を知ることができるはずですが、ここで、さらに一工夫を加えます。
運動エネルギーの基本式を変形すると、下式(ただしこれ以降、記号は大文字を使い、建物の質量は M、速度は V であらわす)によって、エネルギーから速度の値を逆算することができます。

  

上式の速度 V をエネルギーの速度換算値と呼びますが、さきほどのエネルギースペクトルを、この速度換算値に置き換えるのです。当然ながら、このスペクトルも同じような傾向(固有周期がある値を超えると一定になる)を持つことになります。
しかしそれにしても、どうしてこんなヤヤコシイことをするのでしょう?

その理由は、こうすると、何かと好都合だからです。
さきほど、速度応答スペクトルがあらわす「速度の最大値」から「エネルギーの総量」をもとめるのは「おかしい」と言いました。それはまったくその通りで、この場合は「速度応答スペクトル」ではなく、上に述べた「速度換算値のスペクトル」を使うのが正しいのです。
しかしここで、「速度応答スペクトル」と「速度換算値のスペクトル」を重ね合わせてみると、前者は後者をほぼ包含するような関係にあることが分かりました。つまり、「速度応答スペクトル」からエネルギーの総量をもとめるのは理論的には「おかしい」のですが、しかし設計実務上の観点から見た場合は、「それでも問題なかろう」ということになったのです。

この事実が、なぜそれほどまでに「好都合」なのかというと、それは、設計用の速度応答スペクトルなら私たちはすでに知っているからです。
これは限界耐力計算の説明の折に言ったことなので詳細は省きますが、限界耐力計算用の加速度応答スペクトルには、加速度一定域および速度一定域における「加速度と速度の関係」がすでに織り込まれています。だから、限界耐力計算用の加速度応答スペクトルをそのまま速度応答スペクトルに変換してしまえば、それがそのまま「エネルギー法用のスペクトル」になるのです。
そしてさらに「何より」なのは、こうしておけば、限界耐力計算でもエネルギー法でも「同じレベルの地震動」を設定していることが自動的に保証されることです。

下図に、限界耐力計算で使用する工学的基盤と第 2 種地盤の加速度応答スペクトル、および、エネルギー法で使用する工学的基盤と第 2 種地盤の速度応答スペクトルをあらわしておきました。なお、これは「安全限界(きわめてまれに起きる地震)」を対象としたものですが、限界耐力計算の場合と同様、これを単純に 1/5 にしたものが「損傷限界(まれに起きる地震)」のスペクトルになります。

  

さらにもう一つ、つけ加えておきたいことがあります。
限界耐力計算は「等価一質点系」という建物モデルに立脚するものなので、限界耐力計算用の加速度応答スペクトルを作る際、「1階の層せん断力」をもとめることを目的とした新耐震設計法の応答スペクトルを割り増すことによって「等価一質点系のせん断力」用のものに変換したことを思い出してください。そしてその結果、低層の建築物に対しては従来の設計よりも大きな地震力を要求することになったため、p という係数を使って加速度を低減してよいことにしていました。
前述のとおり、エネルギー法の速度応答スペクトルは限界耐力計算の加速度応答スペクトルと「実質的に同じ」 注) なので、ここでも、低層の建築物に対しては速度を低減してよいことになっています。具体的には、固有周期がある値よりも小さな建物に対して r という低減係数が用意されているのですが、詳細は略します。

注)
エネルギー法には「等価一質点系」という考え方はありません。エネルギー法で使用する建物の質量 M は「実際の総質量」で、等価一質点系でいうところの「有効質量」ではありません。だとしたら、等価一質点系用の応答スペクトルをそのままエネルギー法に使うのはおかしいような気もするのですが、しかし、そんなことはないらしいのです。その理論的な根拠については、前掲書「計算例とその解説」の 54 から 55 ページあたりを参照してください。