電卓で構造計算 - 擁壁編 その3

小社のプログラムに関する問い合わせのうち、とくに説明を要すると思われるものを二つほど取り上げてみることにします。

滑り止め突起の出の長さについての入力項目がない

擁壁の滑動に対する安全率を確保するために底版下面に突起を設ける、という方法をとることがあります。私の記憶によれば、かつてはこのような設計がかなり気軽に行われ、そしてその際、突起部分の受働土圧抵抗に期待するという慣用的な設計法がありました。
この慣用計算法によれば、突起の出を長くすればするほど抵抗力が増すことになるので、おそらく上の質問は、このあたりの事情を踏まえたものだと思われます。しかし、突起を長くすれば施工時にそれだけ支持地盤を荒らすことになり、 ( 不同沈下等の ) 別種のリスクが増大するでしょう。

そんなわけで現在では、突起を設けられるのは、「支持地盤が、ほぼ垂直に掘削できるほどに堅固な場合に限る」というのが ( 行政庁による指導を含めた ) 一般的な見解になっています。ようするに「岩盤」ですね。

通常、擁壁の滑動抵抗は底版下面と支持地盤の摩擦によると考えますが、下図に示すように、突起を設けることにより、一部を支持地盤のせん断抵抗に置き換えることができる。これが現在考えられている、突起による滑動抵抗のメカニズムです。



ここで、支持地盤の内部摩擦角 φ については、摩擦抵抗 ( 外部抵抗 ) ・せん断抵抗 ( 内部抵抗 ) ともに同じ値を使うこととされているので、これに関する突起の効果は期待できません。
しかし粘着力 c については、摩擦抵抗の場合は無視 ( c = 0 ) とされているのに対し、せん断抵抗の場合は考慮してもよいことになっている。したがって、粘着力 c を見込める分だけ突起による効果が期待できる、というわけです。
ところで道路土工指針によれば、粘着力を見込むことができるのは「岩盤のみ」とされています。したがって結論として、「突起の効果が認められるのは岩盤だけ」になるのです。

上の図を見ていただければ分かる通り、突起の出の長さは抵抗力に何ら寄与しません。だから、せん断破壊面が形成できるくらいの「適度な長さ」でいいのですが、道路土工指針では、これを「底版の幅の 10 から 15% 程度」としています ( その根拠はよく分かりません ) 。
また、突起を設ける水平方向の位置ですが、上の理屈からすれば、底版の後ろの方にあるほど効果が大きくなるはずですが、道路土工指針によれば、「底版の中央付近が望ましい」とされています。こちらの根拠もよく分かりませんが、あるいは施工性等を考慮したものなのかもしれません。

「その1」の最後で、「擁壁の滑動に関与するのは躯体コンクリートと支持地盤の間の摩擦ではなく、躯体コンクリートと捨てコンクリートの間の摩擦ではないのか」というような疑問を述べましたが、どうも自分の頭の中には、「滑り面は水平である」という誤った思い込みがあったようです。
どうやら、滑り面が水平になる ( つまり上の図に掲げたような滑り面が形成される ) のは「岩盤」のようなものに限られるらしい。それ以外の「ふつうの地盤」では、下図のように、実際の滑り面は「支持地盤の中」に形成されるらしいのです。
となれば、このような擁壁に突起を設けても意味がないことは明らかでしょう。このことも「突起の効果があるのは岩盤の場合に限られる」という見解の裏付けになっています。


地震時の検討は必ず行わなければならないのか

ここまで述べてきた内容はすべて「常時」に作用する土圧に関するものです。地震時にはここに「地震による慣性力」が加わることになるのですが、詳しい説明は省きます。

で、その地震時の検討は「必ず行わなければならないのか」ですが、道路土工指針の立場は明快です。「特に重要な用途 ( たとえば鉄道や幹線道路に接している ) をもつものを除き、高さが 8m 以下の擁壁については地震時の検討を省略できる」とされています。
これについてはいくつかの研究論文もあるようですが、高さが 8m 以下の擁壁では、
  • 地震時の土圧の増加はほとんど見られない
  • 常時の計算に際してとられた安全側の仮定あるいは安全率により、地震時の安全性が十分確保できる
というのが主たる理由です。
さらにここには経験的な裏付けもあります。1995 年の兵庫県南部地震によって実際に被害を受けた擁壁は数例しかなく、しかもそれらを調査してみると、原因は地盤の液状化や施工不良にあった ( 設計上の問題ではなかった ) とそうです。

これに対し、宅造法関連には明確な規定がありません。
ただし、兵庫県南部地震を受けて 1998 年に改訂された国交省の「宅地防災マニュアル」という本の中に、曖昧な表現ではあるものの、「高さが 2m を超える擁壁については地震時の検討を行うこと」という主旨の文章があり、何かと混乱を招いています。
これは上に述べたような道路土工指針の規定、あるいは経験的な事実と相容れない部分があります。
――で、最終的にどうなっているのかというと、「各行政庁の判断」になっているみたいです ( 調べた範囲では、地震時の検討をようする擁壁を「高さ 5m 以上」としている行政庁が多いようですが、いずれにしても、紛らわしい ) 。

( 終わり ) ( その 1 に戻る )

( 文責 : 野家牧雄 )