応答スペクトルの標準化

ここでの話題は「標準化 ( あるいは定式化 ) された応答スペクトル」ですが、これは「汎用的な設計ツールとしての応答スペクトル」ということでもあります。
応答スペクトルの一般的な傾向については前回述べましたが、それを定式化した「梅村スペクトル」と呼ばれるものがあります。下にあるのは、前回紹介した EL Centro NS の応答スペクトルに定式化されたスペクトルを太線で描き入れたものです。


 ( http://c-pc8.civil.musashi-tech.ac.jp/RC/ciber/tai/tai_pdf/01_kitamoto-hp.pdf による。)

設計者にとって一番関心があるのは「加速度応答スペクトル」ですが、この図を見ると、他はともかく、加速度応答についてはかなりよく近似していることが分かるでしょう。
本来のスペクトルでは周期 0 から 1 秒くらいの間に「山」がありますが、ここではそれを均して平坦にしています。この部分が 加速度一定域 で、ここを過ぎると曲線を描きながら値が漸減します。このあたりの仕組みは「速度応答スペクトル」と対にして説明しなければならないので、下にその概要を示しました。

  

速度応答スペクトルの場合、加速度応答スペクトルとは逆に、周期がある値を超えると 速度一定域 に入ります ( ただし冒頭のスペクトル図と比較していただければ分かるように、ここでは「さらに周期が大きくなると速度が漸減する」の部分は無視している ) 。そして加速度一定域の終わりと速度一定域の始まりを周期 Tc で一致させています。
速度応答と加速度応答の関係を図の中央に示しました。これは「波の合成と分解」の最後に紹介した変換式の「振動数」を「周期」に書き換えたものですが、この式を使って相互に変換すると、二つのスペクトルは実質的に同じものであることが分かるでしょう。すなわち、加速度応答スペクトルは加速度一定域を過ぎた後は双曲線を描きながら漸減するのです。

ただし、注意しておくべき点があります。
加速度応答は「絶対応答」、速度応答は「相対応答」であると先に述べましたが、そのような性格の違いにより、( フーリエスペクトルの場合とは異なり ) ここにあるような単純な式で速度応答と加速度応答を変換することは「本来は」できないのです。
しかしその違いは、実用的な設計ツールとして使用する分にはあまり問題になりません。そこで、これを正規の速度応答スペクトルと区別するために 擬似速度応答スペクトル と呼ぶことがあります。名前だけは覚えておくことにしましょう。

現行の耐震規定にある加速度応答スペクトルはすべて上のルールに基づいて作られています。
参考までに、新耐震設計法の二次設計用のスペクトル ( 振動特性係数 Rt のグラフを最大加速度 1000gal に規準化したもの ) と、限界耐力計算法――今や「メニューに載っているだけで誰も注文しないコース料理」みたいな存在になりましたが――の安全限界検証用のスペクトルを下に示しておきます。いずれも地盤種別を「第二種地盤」としたものです。

  

これを見て「何となくみんな似ているなあ」と思っていただければそれで終わりなんですが、いくつか補足しておきます。
まず、限界耐力計算における工学的基盤――限界耐力計算では、地中深くにある「基盤」で発生した波が表層地盤を伝わって地表に到達する、というふうに考えるのです――のスペクトルですが、これは周期 0 から始まって「山を登る」ところも描かれている。しかし、それが増幅されて地表面に到達した段階の応答スペクトル ( 図の一番上の線 ) ではこの部分が消えて平坦になっています。
実際問題として、周期が極小の値をとるこのあたりの領域は建物の設計には関与しません。だから「山を登る」を無視して平坦にしているのですが、工学的基盤については「その最大加速度はいくつなのか」を明示する必要があると考えたのでしょう。そこで周期 0 の位置にそれをプロットし、形を整えたものと思われます。したがって、この部分は実用上の意味は特にありません。
ついでにもう一つ、「意味がないもの」について。
新耐震設計法の応答スペクトルだけが加速度一定域の境界が「滑らか」になっていますが、これは、この点を境にして値が急変することを避けたものです。
前回の「 Ai 分布の精算について」にも書きましたが、新耐震設計法には「固有周期のわずかな違いが計算結果に敏感にあらわれないようにする」という命題があります。この「滑らか」はそのような配慮の結果で、特に工学的な意味はないと考えてください。


これで応答スペクトルの説明は終わりですが、じつは、ここまで伏せていたことがあります。
それは、応答スペクトルには「減衰定数」という別のパラメータが存在し、ここまで紹介したスペクトルはすべて「減衰定数 5%」という条件で作られている、という事実です。
「減衰」とは揺れを抑制しようとする力――最も分かりやすい例をあげれば「空気抵抗」――で、これが少ないほど応答値は大きくなり、特に共振域ではスペクトルのギザギザが激しくなります。逆に大きくなるほどスペクトルは滑らかな曲線になる。
それからもう一つ、先に「応答値を求めてプロットしたものが応答スペクトル」と書きましたが、「その応答値をどうやって求めるのか」という話はしていません。
あるいは、それらの話こそが振動解析の「本論」にあたるのかもしれませんが、そこに行くまでにずいぶんスペースを割いてしまいました。「次回あらためて」ということにします。

-「その 2」に続く -

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( 文責 : 野家牧雄 )