復元力特性

最近の保有水平耐力計算には、もっぱら増分解析 ( あるいは荷重増分法 ) と呼ばれる手法が使われているので、下図 1 に示したような荷重-変位曲線ならば私たちは日常的に目にします。そしてこの曲線と水平座標軸で囲まれた部分、つまり下図の 0AB0 の塗りつぶし部分の面積が建物の「エネルギー吸収」をあらわすことも周知の事実でしょう。

ただし、これはあくまでも静的な解析なので A 点に到達したところで「終わり」ですが、動的な解析では「その先」も考えます。加速度の向きが変われば A 点から戻って来るわけですが、この時、元の経路でそのまま戻ることは考えにくい。ふつうはもっと短い経路をとるはずでしょう。
そこで A 点から同図の C 点まで戻ったとします。これが上図の 2 ですが、これはさきほどとは逆に、三角形 ABC の面積に相当するエネルギーを「放出」したプロセスと考えられます。
結局、面積 0AB0 のエネルギーが「入力」されたにもかかわらず、実際に「出力」されたエネルギーは面積 ABC に過ぎないことになります。この時、その差に相当する面積 0AC0 分のエネルギーは建物の内部で「消費」あるいは「吸収」されたと考えるのです。

このような「行ったり来たり」を繰り返すうち、動的な荷重-変位曲線は全体として図の 3 にあるような閉じたループを形成し、この図形の面積が建物のエネルギー吸収量をあらわすことになる。これによってもたらされる減衰効果が 履歴減衰 です。
この名前は先に紹介しましたが、そこで説明した「粘性減衰」とは異なり、これは「減衰定数」というような値で評価されるものではありません。何らかの塑性特性を指定することにより、エネルギー理論にもとづいて「自然に」考慮される減衰機構であると考えてください。

もちろん、先の図の A 点が弾性範囲内にあれば OA 間は直線になりますから、この間を行き来しても入出力の帳尻は合い、エネルギーの吸収は起きません。そこで問題は、A 点が弾性範囲を超えた時に OA 間がどのような「曲がり方」をしているか、になりますが、これを定めたものが 復元力特性 です。

現在では、下図左に示すような増分解析の結果にもとづいて復元力特性を定めるのが常識的になっています。ここにある Qy がいわゆる「保有水平耐力」ですが、これ以降の勾配は水平にします ( ただし完全な水平では変位量が定められないので、実際には 1/1000 程度の勾配をもった直線にする ) 。
ここで原点から Qy までの間を 1 本の直線にしたものが バイ・リニア、2 本の直線にしたものが トリ・リニア というモデルです。


もちろん、この間を直線に置換するというのは解析上の都合による「割り切り」ですが、この時、「元の増分解析のデータとエネルギー吸収量が等しくなるように」という配慮をすることがあります。上図の塗りつぶし部分の面積を同じにするわけです。
当然ながら、トリ・リニアの方がより実状に近いことになりますので、一般にはこのモデルが使われることが多いと思われます。ただし限界耐力計算のように、簡略な応答値を得ることを目的にする場合はバイ・リニアが使われます。

次は加速度の向きが反転した ( これを「除荷」ということがある ) 場合の荷重-変位関係の「戻り方」の話ですが、このパターンはもっぱら各種の実験にもとづいて定められています。最もオーソドックスな「標準型」と呼ばれるパターンをバイ・リニアモデルについて下図に示しました。



上図の 1 のような初期剛性 k1 をもつ質点系に外力が作用した結果、弾性限界の A 点を過ぎて塑性化し、B 点まで達したとします ( 既述の通り、 A から B までは水平ではなく何がしかの勾配をもたせるのですが、ここでは便宜上「水平」としています ) 。
そしてここで除荷が発生した、という状態が 2 ですが、この時、初期剛性 k1 と同じ勾配で戻るものとします。どこまで戻るかというと、 B 点から弾性限の変位 δ1 の 2 倍の長さに相当する C 点までで、そこを過ぎると再び水平に移動します ( C まで到達する前に再び除荷があった場合は同じ経路をたどって B 方向に戻る ) 。
そして、その後にさらに除荷があると再び初期剛性 k1 で変位が進行する、というのが 3 の状態です。以下、この繰り返しになります。

トリ・リニアの標準型についても基本ルールは同様ですが、これを下図左に示しておきます。
さらに、塑性化後に剛性が低下し、除荷時に初期剛性よりも緩い勾配で戻る、とする考え方があります。これが下図右に示した「剛性低下型」のモデルですが、コンクリート系の建物ではよく使われます。


小社製のフリーソフト「かんたん振動解析」では、この他に「原点指向型」「スリップ型」という二つのモデルが設定できるようになっていますので、この概要を下に図示しておきました。
前者は塑性化後の戻り勾配が座標軸の原点を目指すもので、耐震壁のモデル化などに使われることがあります。後者はブレースのモデル化としてよく使われるものです。

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( 文責 : 野家牧雄 )