Ai 分布の精算について - 1 -

このたび、小社の一貫計算プログラム「ビルディング・エディタ Ver.6 」に「 Ai 分布の精算」という機能を取り入れましたが、「それって一体何なんだ?」という方のために、この場で簡単な解説を試みることにします。
このやり方は、いわゆる「黄色本」には昔から連綿と掲載され続けています。
手元にある 1988 年版では本文中に、また 1997 年以降の版では「付録」という形になっているようですが、いずれも「 Ai の精算方法等」というタイトルのもとに同じ文章が載っています ( ちなみに、現行の 2007 年版では P.567 ) 。
しかし、設計の実務でこの方法が使われることはほとんどありません。
今どきの構造計算プログラムで、「固定モーメント法」や「 D 値法」で応力を求めるものはありません。さらに保有水平耐力計算に至っては、増分解析という、以前には考えられなかったような「高度な計算」を駆使することがなかば常識化しています。にもかかわらず、設計地震力の計算については相変わらず「手計算向けの略算値」が使われ続けている――本題に入る前に、その理由について少し考えてみたいと思います。

現行基準にある「固有周期」「 Ai 分布」あるいは「振動特性係数 Rt 」の算定式は 1981 年の新耐震設計法の施行とともに定められたものですが、これらは「電卓で計算できる」ことを命題として作られています。1981 年とはそういう時代だったのです。
当然ながら、( たとえば固有周期の算定式に見られるように ) 全体として「大雑把」なわけですが、一方、大雑把な分だけ全体の「ぶれ」が少なくなっている。具体的にいうと、建物の固有周期のわずかな違いが設計地震力の大きさに敏感に現れたりしないように配慮されているのです。
したがって、固有周期を略算しようが精算しようが、最終的に設計される建物に関しては「五十歩百歩」の結果にしかなりません。これは「そういうもの」であり、設計者は「そういうもの」であることを十分に心得ています。

たとえば「地震荷重時応力図」というようなものを見て、「建物に地震が来るとこういう状態になるのだから、この応力に対して部材を設計しておけば建物は地震に対して安全なのだな」と考えるようなナイーブな構造設計者はいないでしょう ( 全然いないとも言えませんが ) 。
私たちが行う構造計算には「地震時応力の割増率」という値が頻出しますが、そのことが「地震荷重時応力図」の不完全さを証明しています。ここで使われる設計地震力は「実際にやって来る地震」を想定したものというよりは、建物の耐震性を規定するために提供される「大雑把な目安」であると考えておいた方がいいものなのです。
その証拠に、前述の「地震時応力の割増率」という値は折にふれて改定されますが、( 私が知る限りでは ) ここ数十年の間に設計地震力の方を改定しようという動きが起きたことはありません。またご存知の通り、実際に改定されていません。

設計地震力という値には「正解」が存在しないのです。
したがって、どちらにしても「大雑把な目安」に過ぎないのであれば、設計者にとって ( あるいはそれを審査する側にとっても ) より「分かりやすい」方がいいではないか、と考えるのは自然な流れでしょう。それはそれで、実用設計上の一つの見識なのかもしれません。

――なんだ、それだったら「 Ai 分布の精算」など要らないではないか、と言われるかもしれません。その通りなんですが、でも、「役には立たなくても知っておいた方がいいこと」もあると思うのです。
政令にある Ai 分布の略算式は建物を「均質な一本の棒」と見なして理論的に導き出されたものですが、一般に、建物の最大公約数的な応答値を表わすものとして十分な精度を備えているとされています。しかしそれにしても、この値が、一次設計・二次設計に関係なく、まるで「何にでも効く特効薬」のように使われる現状には疑問を感じないでもありません。
そしてそのあたりに「知っておいた方がいいこと」の入り込む余地があるのにではないかと考えているのですが、それはともかく、本題に入ることにします。

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( 文責 : 野家牧雄 )