17. 壁のモデル化
ここまで述べてきた変位法は、骨組を構成する部材をすべて「線」として扱ったものです。もちろん、建物を構成する柱や梁は実際にはなんらかの体積をもち、かつ必ずしも均質であるとはいえませんから、これを無理やり「線とみなす」のは、「工学的判断にもとづく理想化」というものです。 現在もっとも多く使われるのは、「開口の大きな壁は柱や梁の剛域とみなし 注)、開口が小さな(あるいは開口のない)壁は何らかの方法で別途モデル化する」という方法です。
注)
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ブレース置換 |
ブレース置換という方法は、いわゆる一貫計算プログラムと呼ばれるものが出回りだした当初から採用されており、建築構造技術者にとっては、「おなじみの」という形容詞をつけてもいいくらいのものです。
これは下図にしめすように、壁板を一組のブレースに置き換える方法ですが、ここに水平力が作用すると、一方のブレースに圧縮力、もう一方のブレースには引張力が生じます。この時のブレース軸力の水平方向成分が耐震壁の負担水平力をあらわす、と考えるわけです(この時、両側の柱はピン接合のトラス材にして軸方向の剛性のみを考える、というのが一般的なやり方です)。
この置換ブレースの断面積はどのようにして決められるのかというと、上図右にあるような「せん断変形している壁板」の剛性をもとにしています。しかしよくよく考えてみると、壁周辺の節点にはこのような「水平方向の力」だけが作用するわけではなく、「鉛直方向の力」だって作用します。
その一番分かりやすい例が「長期荷重時の等価節点力」ですが、このモデルに下図のような鉛直力が作用すると、当然、この力は柱だけではなく「置換ブレース」の方にも入ってくることになります。
では、この時に置換ブレースが負担している軸力とは、いったい何なんでしょう?
一見すると、「壁が負担している軸力である」ということに落ち着きそうですが、しかしさきほどもいったとおり、この置換ブレースの断面積は「壁の水平方向のせん断剛性」をもとにさだめられたもので、上図のような状況を考えているわけではありません。ということは、このブレースの軸力は「よく分からないもの」、あるいは「あってはならないもの」だともいえます。
まあしかし、これには「程度問題」ということもあり、普通の建築物ではあまり気にするほどのものではないかもしれません。ただし、耐震壁のスパンに比して「せい」が高い、つまり置換ブレースが垂直に近く「立ってくる」ほどブレースの負担力は大きくなりますから、場合によっては「無視できない」ということにもあるでしょう。
壁エレメント置換 |
壁エレメント置換の方はブレース置換よりも新しい考え方で、市販の一貫計算プログラムでは、「ブレース置換から壁エレメント置換へ」というふうに移行して行く傾向にあるといえます。(これは一つには、塑性範囲にまで拡張した応力解析、いわゆる「増分解析」を行なう際に、壁エレメント置換の方が何かと都合がいい、という事情も関係しています。)
これは下図にあるように、柱と梁で作られた「枠」の中に、壁板をあらわす「工」の字の形をした部材をはめ込んだモデルです。
この時、「工」の字を作っている垂直材(とくに決まった呼び方はないようですが、ここでは「壁柱」と呼んでおきます)に壁板の断面性能(断面積・断面二次モーメント)を与えることになりますので、ここに水平力が作用すると、この壁柱の曲げせん断変形により、上図右のような変形機構が得られます。
この壁柱の上下にそれぞれ水平のアームが付いていますが、これはいわゆる「剛体」で、無限大の剛性を持つものと仮定しています。
ここで注意しておきたいのは、この中で本当に「部材」と呼べるのは真ん中の壁柱だけで、その上下にあるアームのような部材を実際に作るわけではない、ということです。このアームは、壁柱の剛性が四隅の節点にどのように関係づけられるか、という「概念」をあらわしたものに過ぎません。
具体的にはどうするのかというと、まず壁柱(つまり壁板)の剛性マトリクスを作ります。これは通常の部材となんら変わりませんから、 6 × 6 の大きさを持ちます。しかし、この壁柱の両端には「節点」がありませんから、これをこのまま全体剛性マトリクスに組み込むことはできません。
ここで「節点(つまり自由度)」が存在するのは壁の四隅だけですので、この壁柱の上下端と四隅の節点の幾何学的な関係にもとづいて壁柱の剛性を四隅の節点の自由度に変換します。この時、四隅の節点の回転方向の自由度には無関係であると考えれば、結局、下図にあるように、壁柱の剛性は四隅の節点の水平・垂直方向の計 8 個の剛性に変換されることになります。注)
結局のところ、壁エレメントの剛性マトリクスは、最終的には(全体座標系であらわされた) 8 × 8 の大きさを持つことになり、この各要素を全体剛性マトリクスに組み込むわけです。
さて、それではブレース置換と壁エレメント置換を比較して「どちらがいいのか」ということになると、正直、私にはよく分かりません。私に言えるのは、せいぜい、「いくつかの考え方が存在し、その考え方におうじた結果が得られる」ということぐらいです。
ただし前項で、ブレース置換の場合には「ブレースが鉛直方向の節点力を負担すると、それはよく分からないものになる」といいましたが、このあたりは、壁エレメント置換の方がより明快である、といえるのではないでしょうか。
壁エレメントの周辺節点に下図のような鉛直力が作用した場合、それは「柱」に流れるとともに「壁柱」の方にも流れます。この場合の「壁柱の軸力」というのは、今度は「よく分からないもの」ではありません。なぜなら、この壁柱はたしかに壁板の軸剛性を持っているのですから、この軸力は「壁板が負担する分をあらわしている」ということができるからです。 注)
( 完 )