何をいまさら構造力学 目次

1. 断面2次モーメントと曲げ剛性
2. 曲げモーメントと曲げ変形
3. 剪断力と剪断変形
4. 座屈
5. 横座屈

横座屈を考慮した許容曲げ応力度 ( 4 )

前項の冒頭にある弾性横座屈モーメント Me の計算式を思い出してほしいのですが、おそらくこれを「電卓を使って計算してみよう」と思う人はあまりいないでしょう。せめて表計算ソフトぐらいは使いたくなる。
この式そのものは昔からあったのですが、建築学会の規準に採用されたのは 2005 年版からです。おそらく、「今の時代、もはや電卓の使用を前提とした計算式にこだわる必要はない」と考えたからでしょう。
つまり、それまでは「電卓の使用を前提として簡便化した式」――以下、「簡便式」――があり、こちらが使われていたのです。この式は現行の建築基準法でそのまま採用されています ( 平 13 年国交省告示第 1024 号 ) 。
というわけで、ここではその「簡便式」の成り立ちについて見ていくことにします。

簡便式では、下にある 式-9 から得られる fb1式-10 から得られる fb2 の「いずれか大きい方の値を許容曲げ応力度 fb としてよい」となっています ( ここにある限界細長比 Λ は「座屈」の項で、さらに補正係数 C は前回紹介したものと同じなので詳細は略す ) 。
  
この簡便式の元になっているのは前項の 式-7 ですが、これは「曲げモーメント」を求める式なので、これを強軸回りの断面係数 Zx で割って曲げ応力度 σb とし、さらに補正係数 C を 1 にして書き換えると下のようになります。
  
この平方根の中の第1項は「曲げ捩り」に関するもの、第2項は「サンブナン捩り」に関するものです。そこで、これに何らかの操作を施して 式-11 にあるような形にすることを考えます。
もしこのように書き換えることが出来るのであれば、この後の筋書きは簡単に想像できるでしょう。
ここにある σb1fb1 に置き換えたものが 式-9σb2 を fb2 に置き換えたものが 式-10 なのです。ここで fb2 を 0 とすれば fb = fb1、逆に fb1 を 0 とすれば fb = fb2 になる。つまり、本来は fb1fb2 を合算してよいところを片方を 0 としているのだから、「 fb1fb2 のいずれか大きい方」を耐力とする考え方は安全側の評価である、という筋書きが出来上がるのです。

ここで、上のような変換を行い、かつその結果を「電卓があれば計算できる」程度に簡便化するために以下のような仮定を設けることにしました。
  ・部材はH形鋼とする
  ・その断面性能を求める際、ウェブの効果は無視する
上の仮定、および材料定数の一般則にしたがうと、さきほどの式中のいくつかの値が下のようにあらわせます ( b はフランジの幅、ν はポアソン比で 0.3 ) 。
  Iw = h2・Iy / 4
  Iy = tf・b3 / 6
  J = 2b・tf3 / 3
  Zx = tf・b・h
  G = E / 2 ( 1 + ν )
これらの値を代入すると、 ( 煩雑なので途中経過は略しますが ) さきほどの式は最終的に下のように変形できるのでした。
  
この第一項はオイラー座屈の式として扱えるので、座屈を考慮した許容圧縮応力度 fc と同じ形にするべく、ここに断面2次半径 i という値を導入して変形してみたのが 式-12 です。
その上で、この i がどのような値をとるのかをを求めたら、これがたまたま「圧縮側のフランジと梁せいの 1 / 6 からなる T 形断面の断面2次半径」に等しくなることが分かった ( 上図右の通り ) 。
それで結局、圧縮側のフランジの曲げ捩れについては「圧縮側のフランジと梁せいの 1 / 6 からなる T 形断面を取り出し、それに対してオイラー座屈の式を適用すればよい」ということになったのです ( ただし念のため繰り返しますが、これはH形鋼の断面だけに適用できるもので、たとえば溝形鋼のようなものには当てはまりません ) 。

だからこれについてはオイラー座屈の式をそのまま使うのですが、ここで思い出してください。「細長比 λ が限界細長比 Λ よりも小さくなると非弾性領域に入り、ヤング係数が低下するので、弾性理論に基づく座屈荷重を低減させる必要がある」のです。
いうまでもなく、ここまではすべて弾性理論にもとづいたものなので、ここでも同様の考え方をとる必要があるでしょう。しかしここで、さらなる「簡便化」を行います。「通常、梁の座屈区間の長さは小さいので、細長比 λ は限界細長比 Λ よりも小さくなる」と割り切ってしまうことにした。すべてを「非弾性座屈」として扱うことにしたのです。

下に、非弾性領域の許容圧縮応力度 fc の計算式、および 式-9λ = lb / ift = F / 1.5 を代入して変形した許容曲げ応力度 fb1 の計算式を示してみます。
  
両者を比較すれば明らかなように、許容曲げ応力度 fb1 の計算式は、許容圧縮応力度 fc における安全率 ν1.5 の定数にし、さらに補正係数 C を導入したものなのです。

もう一方の fb2 はいたって簡単です。
式-13 の分子 0.65 EE = 205000 を代入し、さらに安全率 1.5 で割って丸めたのが 式-1089000 という数字の正体です。ただしここでは、「非弾性領域におけるヤング係数の低下」や「両端の曲げによる補正係数 C 」は考慮していません。その理由は 2003 年版「鋼構造設計規準」の解説によれば、「精解値と比較して安全側かつ妥当な値を与えるものとして広く設計公式に用いられている」から、ということのようです。

細長比 λ ( = lb / i ) と許容曲げ応力度 fb1 および fb2 の関係をグラフにしたものを下に掲げておきます。
ご覧の通り、 fb1 は「上に凸」、fb2 は「下に凸」のグラフです。精算式のように fb の採用値を滑らかにプロットすることは出来ませんが、λ の値に応じてここにある青い線か赤い線の値を採用し、さらにその値を F / 1.5 で頭打ちにしています。
  
最後に誤解のないように付け加えておきますが、弾性理論式だけを見ていると「簡便式の方が精算式よりも小さな値を与える」というふうに勘違いしてしまいそうですが、そうではありません。
先に書いた通り、ここには「細長比」「補正係数」「非弾性域の取り扱い」などの複数の条件が関与しているので、この値を一概に「安全側・危険側」というふうに決めつけるわけにはいかないのです。
それにしても、「どうしても電卓で計算しなければならない」という状況にある場合を除けば、あえて簡便式を使う理由はどこにもないでしょう。

( その5 終わり )


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