RC規準が定める性能水準

前項に述べたように、今回の規準では、「限界」あるいは「限界状態」という用語を使うことは思慮深く避けているように見えます。少なくとも本文にこの用語は登場しません。その代わりに使われているのが「性能の確保」あるいは「性能の検討」という言い方です。
以下、この規準で取り上げている 3 つの性能(使用性・損傷制御性・安全性)について見ていきます。


1. 使用性

これは建物の居住者の使用性、つまり「居住性」に関わる性能を表わすもので、この性能が確保されないと、たとえば「床が揺れる」「床が傾く」等の現象によって「居住性」が損なわれることになります。それが起きないようにするのが「使用性の確保」ですから、今あげた例でいえば、従来からの規準にある「床の必要スラブ厚」の規定がこれに関わるものになります。
しかしこの規準では「使用性」の意味をもっと広く捉え、「使用性の確保」とは、

長期間作用する荷重(固定荷重・積載荷重等)によって建物の性能が損なわれないようにすること

であるとしています。
つまり早い話、これまで行われてきた「長期荷重に対する断面設計」全般をこれに含めているのです。

−−それにしても、許容応力度設計法の中で何がいちばん分かりにくいかといったら、それは「長期許容応力度に含まれている安全率の正体」ではないでしょうか?
もし仮に、この値が「ひび割れの増大」という現象に定量的に結びつけられ、「ひび割れの増大 → それによる変形の増大 → 使用性の低下」という筋書きが出来るのであれば、それは押しも押されもしない「使用限界状態」になるはずです。
しかし残念ながら、そのあたりはまだ明確になっていません。だから今のところ、これを「使用限界状態」と呼ぶのは難しいのでしょう。


2. 損傷制御性

この「損傷」という用語は、おそらく限界耐力計算法にある「損傷限界」からきたものでしょうが、その意味もほぼ同じです。
「使用性」が「長期荷重」なら、こちらは「短期荷重」で、ようするに「損傷を制御する」とは

地震や風や雪によって建物の性能が損なわれないようにすること

です。ここには、これまで行われてきた「短期荷重に対する断面設計」全般が含まれます。

つまりここでは、「部材の応力度が短期許容応力度内におさまる」ことをもって「損傷を受けていない」と考えているのです。その理由は、応力度が短期許容応力度内におさまっていれば、その荷重が取り除かれた後に部材の弾性復元力によって建物が元の状態に戻ることができ、補修の必要が全く生じないからです。


安全性

さきほど、損傷制御のことを「限界耐力計算における損傷限界と同じようなもの」と紹介しましたが、この「安全性」の方は「限界耐力計算における安全限界」とは違うものです。
限界耐力計算における安全限界とは、建物の終局状態を部材の「終局耐力」に基づいて検証することを目的
としたものですが、これに対し、RC規準の守備範囲は「部材の許容応力度に基づいた設計」なのですから、ここに「終局耐力」という考え方はないはずなのです。

しかしそうは言いながらも、私たちはこれまで、許容応力度設計法の枠組みの中で「終局曲げ」という値をしばしば使ってきました。それは、「終局曲げに基づいたメカニズム時のせん断力を地震時の設計せん断力とする」という考え方です。
この時の「耐力」は短期許容応力度に基づいた値が使用されますが、しかし、その比較対象となる「応力」の方は「短期荷重時の応力」ではありません。したがって、このような検証方法は明らかに許容応力度設計法の枠組みを逸脱したものであり、これを前述の「損傷制御」のカテゴリーに入れることは難しいと考えられます。

それからもう一つあります。
これも同様に地震時のせん断設計に関するものになりますが、それは「地震時のせん断力を割増す」という考え方です。
たとえば、短期の設計せん断力を QD・地震時のせん断力を QE とした時に
   QD = 1.5 × QE
とする、というようなやり方があります。
つい勘違いしてしまいそうになりますが、この式は、「標準層せん断力係数 0.2 で設計地震力を定めたが、しかし、時にはその 1.5 倍くらいの地震がくるかもしれない」という配慮に基づいたものではありません(もしそうなのであれば、最初から標準層せん断力係数を 0.3 にしておくべきでしょう)。
そうではなく、これは、

地震そのもの、あるいはそれに対する建物の挙動は不確定性が強く、私たちには計りかねる部分がある。特に部材の「せん断破壊」については、これまで建物の致命的な損傷につなった例が多くある。
だから、これについては特に安全率を大きくとって安心しておきたい。

という配慮を表したものなのです。
つまり、上の式にある 1.5 という数字は、これだけを見ると「荷重の割り増し」を行っているように見えてしまいますが、そうではなく、「安全率の割り増し」を設計者に求めたものなのです。
このような考え方は、やはり、「荷重も耐力も確定値として扱う」という許容応力度設計法の枠組みを逸脱したものと言わざるを得ません。

そこで、上にあげた 2 つの考え方だけを取り出して、それを「安全性の確保」と名づけたのです。
この「安全性の確保」という用語は、(少なくともこの規準の中では)ここに述べたような「地震時のせん断力に対する部材の検定」以外の場所では使われていません。

この規準では、安全限界について言及する時に「大地震動に対する安全性確保のための検討」という表現をとっていますが、今述べたことから明らかなように、この「大地震」とは特定の大きさの地震動を指したものではありません。その点において、特定の地震動の大きさを想定した限界耐力計算法の安全限界とは全く異なるものです。
また当然ながら、(保有水平耐力計算や限界耐力計算によって)建物の終局時の検討を別途行っているのであれば、この手続きは不要になります。


今回の規準で提唱されている「性能」の定義を以下にまとめておきます。

  1. 使用性確保のための検証」とは、これまでの「長期荷重に対する断面設計」に相当するものである。
  2. 損傷制御のための検証」とは、これまでの「短期荷重に対する断面設計」に相当するものである。
  3. 「大地震動に対する安全性確保のための検証」とは、これまでの「地震時に関するせん断設計」に相当するものである。

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